ABABA’s ノート

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土橋章宏『文明開化 灯台一直線』

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灯台の父ブラントンの足跡
 物語の主人公はリチャード・ブラントン。明治初期に灯台建設にあたった英国人技師である。ブラントンが日本で建設した灯台はその数26とされ、今日では「日本の灯台の父」と尊称されている。日本が高給をもって招聘した初めてのお雇い外国人技師でもある。
 物語の舞台は伊王島灯台。1866年の江戸条約で日本が米英仏蘭に対し設置を約束した8つの灯台の一つで、長崎港の玄関口を照らしている。
 ブラントンは早速伊王島の建設地を視察する。伊王島は長崎から海路南西に10キロ、周囲7キロの小さな島。住民は漁師ばかりである。現場には日本人が造った灯台があったが、旧式で光が弱く灯塔の高さも不十分であり、すぐさま新しい灯台の設計図を引き始める。レンズや装置はイギリスから直接運ぶ手はずとなっている。
 物語を進める重要な脇役が二人。一人はブラントンの通訳を務める丈太郎という青年。父が英国人という混血である。目の色が緑色をしていて日頃周囲からさげすまれている。
 もう一人が田中久重。佐賀鍋島藩の天才技師で、ブラントンの灯台建設に協力しながらその技術を盗もうと積極的。
 ブラントンは誇り高き英国人。当初、日本人の旧弊さを蔑視していたが、灯台建設に向けて丈太郎や田中久重と接していくうちに、日本人の持つ能力に侮れないものを感じていく。
 物語で技術的な内容を豊かにしていくのは田中の存在。田中は知識を吸収しようと何でも質問していくのである。このことが物語のディテールを確かなものとし、灯台のもつ意義とその建設の困難さを雄弁にしている。
 灯台でそもそも肝心の灯火について。レンズはフレネルレンズとするとブラントンは説明するが、田中はこれまで見たこともない。光を収束する効果があると知って納得する。また、灯火を回転灯とするか、固定灯とするか。
 回転灯は、光を収斂するので灯油の節約になるが、その運行には熟練した技術が必要となる。また、固定灯は運行が容易で、不動灯であるから暗礁など一定の場所だけを照らすには効果が大きい。
 また、灯台の光達距離は40キロもあれば十分で、これは地球が丸いからで、どうせ遠くからは見えないのである。
 ブラントンが日本で灯台建設に携わって困難を極めたことは地震対策。つまり耐震設計だが、伊王島灯台においては下部を台形とし、その上に円形の灯塔をのせる二段構えとすることとしたのだった。
 私はこの伊王島灯台はかつて見学したことがあって、その形を見て随分とユニークだなと感じたものだったが、その背景にこのようないきさつのあることを知って随分と感興の深いものだった。
 伊王島灯台から眺めると、眼前に海が大きく広がり、なるほど、長崎港に出入りする船舶にとっては必ず目にする重要な灯台だと認識するのだった。

(ちくま文庫)

 

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(参考=現在の伊王島灯台。2016年7月25日撮影)