ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

秋めいて

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(写真1 彼岸花の花)

暑さも彼岸まで

 早朝のウォーキングはさすがに肌寒さを感じるようになってきた。半袖半ズボンでは寒いが、歩いているうちにすぐに汗ばむからちょうどいい。
 暑さ寒さも彼岸までというように、猛烈な暑さはなくなって、秋めいてきた。咲いている花も秋の彩りだ。
 彼岸花が咲いている。その名の通りこの季節の花だ。曼珠沙華という別名もあって、儚げだが人気がある。何でも別名が100ほどもあるそうで、不気味さがあって忌み嫌う向きがあるところから別名が増えたのであろう。
 この花は朱色が多いが、黄色や白、銀色などと様々な色が見受けられる。

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(写真2 キンモクセイの花)

 キンモクセイが咲いていた。近づいただけで香りが漂ってくるからキンモクセイが咲いているとすぐ気づく。金木犀と当てるように、なるほど、幹は犀の肌そのものだ。ちょっと気持ち悪さもある。

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(写真3 キンモクセイの幹)

 ススキは秋の七草。芒あるいは薄とも当てられ、尾花とも呼ばれる。また、萱とも。それほどに親しまれているとも言えそうで、心象を表すにも絶好だ。

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(写真4 ススキの穂)

 

『職業設定類語辞典』

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創作者のための手引き

 創作者には、ディテールに細心の注意を払うことが求められるとして、特に、キャラクターの職業設定は重要だと位置づけている。また、職業設定は、一般的なイメージよりもステレオタイプを払拭することが肝要だと指摘している。
 具体的には、123の職業を例示しそれぞれについて、この職業に求められるトレーニング、有益なスキル・才能・能力、性格的特徴、葛藤を引き起こす原因、かかわることの多い人々、この職業は5大要求にどう影響するか、この職業を選択する理由……について詳述している。
 運転手、栄養士、航空管制官、私立探偵などが取り上げられていて、職業名を見るだけでおよその見当のつくものもあるが、近年増えてきたアニメーターやブロガーなどといったアニメやIT関連の職業は少ない。
 日本では馴染みのない職業も多い。
 「泣き屋」というのがある。報酬をもらって葬儀に参列し、嘆き悲しむふりをする職業とある。韓国にはさぞかし泣き屋は多いのだろうとも思われるが、アメリカにもあったのか。
 「バウンティハンター」は、保釈中の逃亡者を捕まえるのが仕事とある。「パラリーガル」というのもある。弁護士に雇われ調査業務を行う者となっている。弁護士事務所の職員ではないし、私立探偵とも違うようだ。
 アンジェラ・アッカーマン+ベッカ・ハグリッシ著、新田享子訳。アメリカの類語辞典のシリーズ。同じ著者で.このシリーズに入っている『感情類語辞典』の時もそうだったが、アメリカの本の翻訳だから、日本の生活実感とはかけ離れた言葉が少なくなく、読んでは面白い辞典だが、どのように利用するかは読者次第という印象だった。
(フィルムアート社刊)

 

戸田泰生画『陽春』

 

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(写真1 100号の大作<陽春>)

第50回純展出品作

 毎年開催されてきた公募展「純展」も昨年はコロナの影響で開催が見送られ、今年は2年ぶりの開催となった。会場は上野公園の東京都美術館。
 純展は毎年秋に開催されていて、関東地方からの出品が大半だが、今回は160人ほどの出品で、コロナの影響か前回に比べ3割ほど少なかった。また、今回は50回記念ということでトルコなど海外からも30数人の出品があった。
 戸田さんの<陽春>は、会場に入って最初の作品で、しかも、100号の大作であり会場に入ってすぐに目立った。戸田さんは、この純展でかつて最高賞を受賞したことがあり、そういうことで敬意を持って迎えられているのであろう。
 作品は、画面手前に黄色い菜の花と、奥に薄紅色の桜の花が咲いていていかにも春を感じさせる。白壁瓦屋根の家が建ち並びコンストラクトがはっきりし奥行きに広がりがある。
 私はこの10数年来戸田さんの絵を見てきているのだが、戸田さんの特徴は画題が多彩であること。
 今回のように風景があったり、都会の人々が交差する情景が描かれていたりとにかく変化が大きく、見ていて楽しい。沖縄の闘牛を臨場感たっぷりに描いた作品もあった。いずれもディテールがしっかりしているのが特徴。
 それで感心するのは、いずれの場合でも100号ほどの大作が多くて、画題の追求もさることながら戸田さんのエネルギーには驚かされる。また、このごろではアクリル画にも挑戦しているというからその創作意欲は素晴らしい。
 戸田さんとはかねて昵懇の間柄。同じ業界にいて駆け出しの頃から可愛がってもらってきた。
 戸田さんは85歳。高校大学時代から絵は好きだったようだが、会社勤めをしていた時代は絵筆を握ることはなかったが、70歳で社長を退任してから本格的に取り組み初め、それも美大を目指す若い学生が通う教室で基礎から学んだという。
 そういう下地があって、このごろはアトリエ三昧の日々のようだが、老後に熱中できる趣味があるというのもいいものだ。もっとも、戸田さんの絵は趣味の領域ではなくてすでに玄人のものだが。

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(写真2 会場で戸田さんの作品を背景に戸田さん=左と)

池澤夏樹『うつくしい列島』

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自然科学紀行エッセイ

 もとより池澤は小説家だが、書評と自然科学に基づいた紀行エッセイは池澤の最も池澤らしい得意の分野ではないか。
 2部から構成されていて、第1部「うつくしい列島」はナショナルジオグラフィック日本版に連載されたものが初出で、第2部「南鳥島時別航路」はJTBから単行本が刊行された。
 まず、第1部のうつくしい列島。出掛けた先がユニーク。一見、有名な観光地のようにも思われるが、視点と観察が科学的。
 日本列島そのものについても、国連加盟国193のうち日本は面積において61番目。つまり、世界には日本より狭い国の方がずっと多いといい、西ヨーロッパ諸国と比べてみれば、日本より広いのはフランス、スペイン、スウェーデンの三つしかないと述べている。これはなかなか気がつかないこと。
 また、日本は領域においても広いということ。普通に人が住んでいるところだけを考えても、東西には納沙布岬から与那国島まで経度にしてほぼ22度50分、南北には稚内から波照間島までおよそ21度30分。
 これを米国本土に重ね合わせてみれば、日本の北端は一番北のメイン州とほぼ同じ緯度に位置し、南はフロリダの南端よりも更に南になる。同じ経度の幅を重ねればニューヨークから中部のカンザス州に至る。つまりアメリカの東から西までのほぼ中点だ。
 それだけの自然の多様性が日本にはある。実面積では米国の4%にすぎないのに、南北には同等、東西も半分に近い。日本には亜寒帯から亜熱帯までが揃っていて、しかも島国だから島ごとにそれぞれの生態系があり、そこにモンスーンが複雑な気候を提供する。
 この豊かさをわれわれは普段どれだけ意識しているだろう?ど問いかけている。
 『理科年表』をたびたび利用しているのも池澤らしいところ。ユキホオジロという鳥はいったいどうやって体温を維持しているのか試みに計算したところ、1時間あたり単三乾電池1本のネルギーが要るという結果がでたといい、1日あたりなら24本、ガソリンでは2.4グラムだが、しかしどうやって燃やすか。それが草の種だと12グラムほど食べれば間に合うと述べている。
 第2部の南鳥島特別航路。この部分については、雑誌『旅』に連載されたときにも、単行本でも、文庫になったときにも読んでいたが、このたびまたまた読み返してみて、やっぱりうらやましい旅だと重ねて思った。
 行き先が、立山砂防ダムだったり、南鳥島だったり、サハリンだったりしている。
 立山砂防百年の計の項では、建設省立山砂防工事事務所の砂防工事専用軌道に乗っている。軌間610ミリ、「これは鉄道ファンが喜びそうな乗り物である」とある通り、鉄道好きの私にしてみれば垂涎ものだ。しかも、この鉄道は18段連続スイッチバックなのである。どんなものか見てみたい乗ってみたいではないか。
 池澤は冒険心が旺盛で、何と貨物船に乗って南鳥島に出掛けている。民間人が住んでいるわけではないから、駐留している気象庁の職員の物資輸送のための船に便乗させてもらったのである。片道80時間、狭い貨物船の船室の生活がどういうものか、実に見事な紀行文なっている。
(河出文庫、2018年11月20日刊)

ベートーヴェンの交響曲全集

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(写真1 交響曲全集のCD外装)

ワルター指揮コロンビア交響楽団

 ベートーヴェンの楽曲。まずピアノソナタ全32曲をウイルヘルム・ケンプのピアノ全集(CD8枚)で聴き、次にピアノ協奏曲全5曲を内田光子ピアノ、クルト・ザンデルリング指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の全集(CD3枚)で楽しんできた。続いて交響曲にも手を伸ばし、ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏を繰り返し聴いている。なお、ベートーヴェンの交響曲全集はいくつかの演奏者のものが出ているのだが、最も評判の高いカラヤン指揮ベルリンフィルのものは3番5番7番とすでに持っているし、ちょっと古いが名盤として知られるこのワルターの全集にした。
 7枚のCDからなる全集で、交響曲そのものは5枚のCDに収まっているのだが、残る2枚にはリハーサルの模様などが収められていて面白い構成。
 ワルターは、20世紀を代表する指揮者で、フルトヴェングラーやトスカニーニと並んで三大巨匠と呼ばれた。
 交響曲9曲を繰り返し通しで聴いてわかったこと感じたこと。
 ベートーヴェンの交響曲は、当たり前のことかも知れないが9曲がそれぞれに独立性が高いということ。つまり、似たようなものがないということ。1曲ごとにチャレンジしていて、例えば、それまでの交響曲では使わなかったような楽器をオーケストラの構成のなかに投入しているし、進取の気性に富んでいるのである。
 また、ソナタ、コンチェルトと続けて聴いてくると、ソナタやコンチェルトで使った旋律なり手法なりが交響曲に対して集大成として反映されているようだった。
 形式も従来のものにとらわれていない。シンフォニーは4楽章構成が通例だろうが、5楽章のものがあるし、コーラス付きも本格的にはベートーヴェンが初めてだった。
 ワルターの指揮は、よけいな余韻に流されることもなく、ストンと終わる。スコア通りなのだろうが、時にびっくりするほどにあっけない。
 音楽に対するたいした造詣もなく、音を聞き分ける耳も持たず、漫然と聴いているだけの者が恥ずかしいのだが、ここは臆せず各曲の印象をひと言だけだがメモを記してみよう。なお、メモは私の習慣。本を読んでも、映画を観ながらでも、美術を見ても、コンサートに行って音楽を聴きながらでも必ずメモをする。すぐにメモを取ることでその場の印象を残す。
 第1番。伝統的形式。独奏楽器のないコンチェルトのよう。オーケストラの編成は小さいのではないか。演奏時間も9曲中最も短く23分38秒。
 第2番。第1番に比べドラマティックになり叙情性も感じられた。演奏時間35分45秒。なお、演奏時間は指揮者によっても随分と違うようだ。
 第3番。「英雄」。大曲。演奏時間が50分ちょうどと長い。ダイナミックだし、ストーリーを感じさせる。
 第4番。ある種の朗らかさが感じられた。31分49秒。
 第5番。「運命」。ベートーヴェンの、というよりもおよそシンフォニーのなかで最もポピュラーな曲であろう。躍動的だが、各楽章ごとに強い葛藤が感じられる。ただ、完成度は高いのではないか。少なくとも日本では。32分42秒。ピッコロとホルンが印象的。
 第6番。「田園」。40分49秒と長い。5楽章まである。出だしから旋律が印象的だし、とにかく曲想が豊か。
  第7番。リズミカルでダイナミック。第3楽章は荘重で、第4楽章は激しい。38分9秒。
 第8番。著名ではないが、こんな言い方をすると生意気だが意外にいい。フィナーレはいかにも大団円だ。26分34秒。
 第9番。「合唱」。壮大で格調高い。第4楽章からコーラスが加わる。コーラスは「歓喜の歌」と呼ばれているらしいが、私にはドイツ語はわからない。歌詞の中身がわかればもっと楽しめるのだろうが。訳詞を手元に置いておけば多少は楽しめる。演奏される国の言葉で歌われることもあるようだ。私には経験がないが。とても長くて71分56秒も要した。
 まとめ。
 好きなのは「田園」。絵画的と呼べる。曲に浸っていたくなる。
 いい曲と思うのは「英雄」。力強く、最もベートーヴェンらしい。特に第4楽章がいい。私の友人で、音楽に造詣が深くて、「英雄」は演奏家ごとに実に32枚ものCDを持っているやつがいる。それほど惚れ込める曲ということだろうか。
 私の人生で忘れ得ない曲としては断然第7番だ。高校時代、周囲にクラシックファンが数人いて、それらの友人宅を訪ねてはレコードを聴かせてもらっていた。そのころ、自宅には兄のステレオがあったのだが、自分の部屋に自分のステレオがないのが不満で、それで、2台のハイファイラジオをスピーカーとアンプに代用し、レコードプレーヤーだけは新たに購入して簡便なステレオ装置を構築していた。
 それで、レコードを購入しようとして友人たちに相談したところ、第7番がいいのではないかと助言された。クラシックファンでも持っているものが少ないし、曲もいいということだった。
 購入した第7番は、それこそレーコードがすり減るほどに繰り返し聴いた。カラヤン指揮ベルリンフィルの演奏で、レーベルはドイツグラモフォンだった。リズムがあるし、ダイナミックで曲がよかった。
 後年、40数年も経って、N響の演奏会でこの第7番が演奏されたときには、思わず涙ぐんだ。高校時代が思い起こされたのである。今や、この曲を薦めてくれたくだんの友人は、昨年鬼籍に入ってしまった。年に2回くらいの頻度で酒を酌み交わしていたが、このごろはコロナ下のこと機会が減っていて、再会できないままだった。無念。コロナが恨めしい。

映画『明日に向かって笑え!』

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(写真1 映画館に掲示されていたポスターから引用)

アルゼンチン映画

 2001年、アルゼンチンの田舎町。不景気な時代。住民たちはなけなしの金を出し合って農業の会社をつくろうと動き出す。古い建物を買うこととし出資金を募る。集まった金をいっとき貸金庫にしまっておいたのだが、銀行の支店長から融資を受けるなら銀行に口座を開いて預金しておいたほうがいいと言われ、資金を貸金庫から銀行口座に移す。
 ところがあろうことか、預金した翌日、預金封鎖になってしまう。アルゼンチンの金融危機である。支店長は知っていたのである。しかもどうやら、支店長と悪徳弁護士がグルになって資金を横取りしてしまったのだった。
 悪徳弁護士は、銀行に集まっていた預金を横領し、農場の林の中に大きな穴を掘って地下金庫を作りキャッシュを隠し保管していた。
 そのことを知ったグループは、地下金庫から資金を取り戻そうと動き出す。映画の後半はこの悪戦苦闘の模様が描かれている。
 アルゼンチンは、スペインの植民地だった国。人口の97%がラテン系である。当然、陽気。キャストやスタッフが紹介されるオープニングの字幕の背景音楽がワルツ(おそらくヨハン・シュトラウスの<春の声>だったか)だった。この曲はラストの字幕の背景にも流れていたが、どういう意味だったか。およそ映画の内容にはそぐわないようにも思えたが。
 そう言えば、地下金庫を襲うとした際に、グループの誰かが、〝これはバクーニンの精神だ〟と叫んでいたが、これはなかなか意味深長だ。
 ミハイル・アレクサンドロヴィチ・バクーニンは、ロシアの革命家だが、徹底したアナキストとして知られ、マルクスの主張したプロレタリア独裁に反対した。パリ・コミューンの先例となったし、第一インターの結成を促したが、とにかく急進派で、バクーニン主義はときにその過激さから暴力主義とイコールと思われたが、これは権力に抗するためのものであった。
 また、バクーニンは、マルキストが権力を握れば一党独裁になると訴えており、その後の社会主義革命あるいは今日の政治体制を見ても極めて重要な展望だったと指摘されよう。
 この映画で、バクーニンを深く掘り下げてはいないようだったが、現代にバクーニンが登場するとは新鮮に驚いた。
 資本家の出資によらず、庶民が金を出し合って企業体をつくろうとするのはまさしくアナキズムであろう。なお、アナキズムを無政府主義と訳するのはたぶんに一面的であろう。それでは無秩序な社会になってしまう。
 それにしても、この映画の原題La Odisea de los Gilesとは「まぬけたちの一連の長い冒険」という意味らしが、劇中、馬鹿として生きるのも悪くない、と誰かが語っていたりしていて、何やらアナキズムじみてきた。
 2019年アルゼンチン映画。監督セバスティアン・ボレンステイン。

芹沢央『神の悪手』

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将棋を題材にした短編小説集

 表題作など短編5編が収められている。
 どれも面白かったが、印象深かったのは収録5編目の「恩返し」。すべてが将棋にまつわる物語なのだが、これは棋士ではなく駒師が主人公。異色の将棋世界が描かれている。
 駒師とは、もとより将棋で使う駒を製作する職人のこと。名のある駒が好事家のあいだで珍重される。いわんや、タイトル戦で使われる駒は歴史的価値も生む。
 棋将戦七番勝負第二局。前日には対局前検分が行われた。対局者二人が実際の対局室を訪れ、空調や照明、座布団や脇息、そして駒や盤などを確認する。
 提供された駒は師匠と兼春のもの。駒師として名の通った師匠の駒を差し置いて自分の駒が採用されることはなかろうと兼春は思っていたし、師匠と共に選定の場に並べること自体に満足していた。
 ところが、棋将国芳が選んだのは兼春の駒で、一緒に検分に立ち会っていた師匠に兼春が「師匠のおかげです」と挨拶すると、師匠は「恩返しってやつだな」と言ってくれた。
 国芳棋将は揮毫するために駒箱に手を伸ばしかけていたのだが、駒師二人のやりとりが耳に入ったのか、国芳は突然「もう一度駒を見せていただいてもいいでしょか」と手を挙げた。
 改めて二つの駒を手にした国芳は、「こちらでお願いします」と言って最終的に選んだのが師匠の駒だった。
 いったん選んだものを戻すとは異例のことだが、国芳に何があったのか。この日の対局相手は国芳の弟子だったのだが、棋士の峻烈な世界が描かれていたのだった。
(新潮社刊)