ABABA’s ノート

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映画『建築と時間と妹島和世』

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(写真1 映画館で配布されていたパンフレットから引用。上段の写真が完成した建物)

大阪芸大新校舎建築設計ドキュメンタリー

 建築家妹島和世が手がけた大阪芸術大学新校舎建設の設計から完成までの3年6カ月を追ったドキュメンタリー映画である。
 妹島は、金沢21世紀美術館やルーブル美術館ランス別館などを手がけ、建築界のノーベル賞とも称されるブリツカー賞を受賞した著名な建築家。監督・撮影は写真家ホンマタカシ。
 建てられたのは大阪芸術大学アートサイエンス学科の新校舎。アートとサイエンスとテクノロジーの連携を標榜しており、設計は、コンペによるものではなく、施主からの直接の依頼によるもののようだ。施主の注文は「公園のような建物」。
 これに対し妹島は、建物が立つ丘というロケーションを重視し、開かれ建物であることを念頭に交流の場であることを目指した。
 映画は時系列的に進んでいく。2015年12月構想の練り上げに着手、2016年9月基礎設計、2017年10月最終案、といった具合である。この間、妹島は「基本構想から現実に行ったり来たり」している。この軌跡を丁寧にとらえているのがこの映画の特徴である。
 妹島が設計上重視しているのが模型。設計者は誰しも模型をつくってみるのだろうが、妹島はことのほか執着しているようで、妹島自身重要性を語っている。
 この映画の場面は、現場と工房。工房は体育館ほどもありそうな広大なもの。ここで妹島は模型をつくり積み上げていく。
 ずぶの素人がマイホームを設計すると、戸と戸がぶつかり合うなどというミスを犯すが、専門の設計者にまさかそのようなことはないだろうが、妹島は模型によってイメージを確認しているようで、また、施主に対しても具体的な完成形を示せるという訳なのであろう。
 現場にブルドーザーが入り、クレーンが立ち、鉄骨が組み上がっていく。妹島は現場を歩き回っている。カメラは俯瞰しており、小さな妹島が現場を動き回る様子をとらえている。
 ときには施主を交え施工者と話し合っている。これによって自分の設計を再確認しているのであろう。何が何でも自分の設計に固執しようという姿勢ではないようだ。
 映画は、妹島への問いかけで進んでいくのだが、インタビューで映画を構成しようということでもないようで、インタビューはあくまでも進行の補助的位置に立っているだけで、妹島の思考の過程を現実に透過していこうとしているようだ。
 やがて形が見えてきた。なんと形容したら当を得ているのだろうか。大きなエイのようなやわらかな屋根が3枚重なって宇宙空間のようでもある。実にユニークだ。開かれた空間という妹島のコンセプトが如実に表現されている。
 都市に街に周囲の景観に開かれた空間というのは妹島の得意とするところで、金沢21世紀美術館がそうだった。また、やわらかな曲線というのも妹島の設計の柱とするところで、ランスというフランス北部の小さな町に建てたルーブル美術館の別館もそうだった。特にルーブルランスは展示室が広大な1室だけで、それが緩やかなスロープになっているのが特徴だった。さらに、大きくやわらかな屋根ということでは、直島の作品がその系譜に入るのかもしれない。
 建築家の才能というのは何なんだろうか。建物として使われることがはっきりしているものの造形。そこに最大の個性。いつでも感心する。
 実は、妹島さんとはわずかだが面識があり、特にご両親とは国際会議などでたびたびご一緒させていただき懇意にさせていただいてきた。そう言えば、ご両親の家は、まるで宇宙基地のようだった。妹島さんが若いころ自由に設計されたものであろうが、すでにあのころに今日の妹島流の萌芽があったのだと今にして思う。