ABABA’s ノート

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フレデリック・フォーサイス『アウトサイダー』

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フィクションを越える自伝
 『ジャッカルの日』、『オデッサ・ファイル』、『戦争の犬たち』などと次々とヒットを飛ばしてきたフォーサイスの、本書は自らの人生を描きながら小説を地で行くというか、それ以上にフィクションを越える自伝だ。
 フォーサイスは1938年、イギリス南部ドーヴァー海峡に近いケント州アシュフォードに生まれた。父親の教育方針とイギリスの教育制度がよかったせいで、フランス語、ドイツ語、ロシア語、スペイン語に長けた。それもネイティブスピーカーと同じレベルで話せるほどに。このことがフォーサイスのその後に大きな武器となったことはいうまでもない。何しろ、フォーサイス自身が強調するように発音はもとより、スラングからボディランゲージに至るまで外国人だと気づかれずに話せた。
 初め、子供の頃から憧れていたパイロットになり空軍に入った。次いでジャーナリストをめざし、地元紙の記者を振り出しにロイター通信やBBCとキャリアを重ねた。何しろ海外特派員をやりたかったのだ。
 この頃の活躍はまるでありきたりのフィクションが色褪せるようなスリリングでミステリアスだ。そしてイギリスではよくあることのようだが、情報部の手助けまでしている。なお、イギリスには主な情報機関が三つあって、このうちMI5(保安部)とMI6(秘密情報部)がよく知られるが、いずれにしても、これらの組織ではスパイという用語はないそうだ。
 記者としての行き詰まりから書いたのが小説だった。この頃無一文だった。
 デビュー作にして大ベストセラーになった『ジャッカルの日』の誕生のいきさつが面白い。
 原稿はできた。出版社を訪ね歩き、4社に売り込んだが、3社から断られた。残る1社には自分から取り下げた。『ジャッカルの日』はド・ゴール暗殺の物語だが、編集者は結末はわかっているといって取り合わなかった。
 「作家のほうは、苦労して書きあげた傑作なのに、出版社が見つからないというのが悪夢だが、出版社にも悪夢があって、それも魔法の杖を振りまわす少年魔法使いの話などつまらないと判断して『ハリー・ポッター』を断ってしまうようなケースだ。そしてたいてい最初の章しか読まずにその判断をくだしてしまうのだ」とフォーサイスは分析、そこでとった行動は小説を3ページの梗概にまとめることだった。
 この梗概が、あるパーティーで紹介された大手出版社の編集部長の目に留まった。そこからはとんとん拍子で契約に結びついた。この編集者がいなかったら、我々は『ジャッカルの日』もその後に続く『オデッサ・ファイル』や『戦争の犬たち』も読めなかったのかも知れないと思うと、ベストセラー誕生の背後には奇跡のような出会いがあるのだと思われた。
 しかも、フォーサイスはそもそも小説家になろうという気はなくて、借金返済を当て込んで一発書いたのが『ジャッカルの日』だったとのことで、フォーサイス自身「てっとり早く金を稼ぐ方法はいくつかあるが、一般的にいって、小説を書くというのは銀行強盗より成功率の低いほうだろう」と考えていたほどだ。
 フォーサイスも早76歳になるという。この自伝を読んで、いかにもイギリスが生んだ、否、イギリス以外からは生まれようのない作家だなとつくづくと感じ入ったものだった。
(角川書店刊)