ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

展覧会「ハマスホイとデンマーク絵画」

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(写真1 ヴィルヘルム・ハマスホイ「背を向けた若い女性のいる室内」=会場で販売されていた絵はがきから引用)

静謐な世界

 上野公園の東京都美術館で21日から開かれている。その開幕初日に出かけたが、夕方にもかかわらずまずまずの人気ぶりだった。東京の美術事情は、幅が広く層が厚い。夕方だったせいか、若い男性の姿が目立ち、静かに鑑賞できた。これが午前中なら中高年女性が席巻していたのではないか。
 ハマスホイ(あるいはハンマースホイとも)は、19世紀末-20世紀初頭のデンマークの画家。10数年前になるか、西洋美術館で開かれていた展覧会を見ていたはずだが印象はあまり色濃くは残っていない。何しろ私の絵画鑑賞はこの程度のことなのだが、このたびの展覧会では〝北欧のフェルメール〟の惹句もあったから再び足を運んだ。
 会場に入ると、まず初めに19世紀のデンマーク絵画が紹介されている。全般に明るい色調の作品が多い。寒い国でこれは不思議。なかには、これはまるでゴッホではないか、印象派ではないかと思わせられる作品が並んでいたが、どうやら印象派の影響が大きかったものらしい。
 後半はハマスホイ。それまでのデンマーク絵画の連中とは違ってハマスホイの絵にはモノトーンが多い。それも室内を描いた作品が目立っていて、さりげなく一瞬をとらえているところからフェルメールに擬せられるのであろうか。私には到底フェルメールを彷彿とさせられるようなことはなかったが。
 しかし、あくまでも静謐な世界が広がっていていつまでも作品に浸っていたいと思わせられる魅力があった。それと、気がつくと、室内画では人物は皆背中を向けているのが特徴で、いよいよ寂寥感が増した。

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(写真2 ヴィルヘルム・ハマスホイ「自画像」=会場で販売されていた絵はがきから引用)

 

ポンチ軒浅草

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(写真1 特ロースカツ)

とんかつ友の会例会

 先週、現役の連中と北千住でいっぱいやったばかりだが、今週はOB仲間でとんかつ友の会。今年初めての開催で、酒を全くたしなまない者もいて開催はいつでも昼食時。
 今回は、小川町で評判のポンチ軒が浅草に出てきたというので早速訪ねた。雷門を背に直角に伸びる道(通称並木通り、東京マラソンのコース=本来なら東京オリンピックのマラソンコースだったはず)を50メートルばかり進んで二つ目の路地を右折してすぐ。台東区雷門二丁目所在。マスタードホテルというビジネスホテルの1階奥。まるでカフェと勘違いしがちだがれっきとしたとんかつ屋。もっとも、店の風情もとんかつ屋らしくはない。
 メニューには、ロース、ひれともに上と特とあって、ほかに厚切りロース、リブロースなどとあって、単品にはエビフライやサーモンフライなどもある。
 メンバーはいずれもとんかつはロースに限るという輩ばかりだが、三人のうち二人が特ロースかつ定食を選んだほかは、一人にはリブロースかつ定食に回ってもらった。やはり食べ比べてみたい。
  まず、特ロース。3センチほどもある分厚いかつにキャベツが添えられている。ほかにご飯と豚汁。キャベツ、ご飯、豚汁はおかわり自由。2400円。
 かつは、厚いし表面はからっと揚がっているのに肉は柔らかく脂身が引き立っていてとてもうまい。かつは好きでよく食べているのに、かつのうまさを上手に表現できないが、三人とも一口頬張って〝旨し〟と唸ったからうまいことは間違いない。
 次にリブロースかつ。店員が脂身が好きならリブロースもいいですよというので、一人には特ロースから変えてもらった。2500円。
 それで、一切れづつ交換したのだが、こちらは厚みは特ロースほどではないが、それでも十分な厚みがあり、加えてやや大きい。口にしてみると、なるほどやや脂身が強いか。しかも、上品な脂身であり、そもそもがロースが好きなたちだからとてもいい。それこそ好き好きのことだが、どちらが好きかの軍配は分かれるところ。
 ソースが2種類あって、どちらも試してみたが、オリジナルの方が濃厚でうまかった。

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(写真2 リブロースかつ)

有明の月

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(写真1 高いところにのぼった月=1月21日午前6時22分)

一月の二十六夜

 早朝のウォーキング。毎朝6時に家を出るのだが誠に寒い。しかし、身は引き締まるから気持ちはいい。歩いているうちに温まってくるし。
 歩いていると、6時10分過ぎ頃から東の空が朱く染まり出すのだが、21日は幸い快晴で、その明け始めた空の高いところに細い月がくっきりと見えた。
 三日月とは反対に、右側が大きく欠けている。夜が明けてなお空に残っている月を有明の月と呼ぶが、ただ、有明の月というのは中秋の名月の後のことばかりとこれまで思い込んでいた。季語も秋だし。
 しかし、調べてみると、有明の月とは夜が明けても空に残っている月の総称のようだ。なお、今月21日の月齢は25.9だということ。つまり二十六夜ということか。
 いずれにしても、明るんだ空にくっきりと月が見えることはうれしいこと。日頃から夜空を見上げる習慣があるが、夜が明けて月がくっきりと見えたことは、早起きへのご褒美だったのかもしれない。

今年も千住友の会

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(写真1 千住友の会の面々)

良き仲間良き酒

 千住友の会が今年も開催された。
 千住友の会とは、北千住駅を通って通勤している者たちの会。もちろん会場は北千住。
 北千住駅は、常磐線、地下鉄千代田線、地下鉄日比谷線、東武伊勢崎線、つくばエクスプレス線が交差する、首都圏でも十指に入る巨大ターミナル。
 勤務先が秋葉原だから当然利用者も多く、退勤後自然発生的に途中下車していたが、いつからか年に1回くらいは呼びかけて飲むようになった。利用者全員が集まるわけではないし、参加しなければならないわけではさらさらないし、利用していなくとも参加は大いに歓迎される。何かとかこつけて飲むほどだから参加者には大酒飲みが多い。
 家で無聊をかこっていたら、現役の連中から声がかかった。とてもうれしいこと、万難を排して駆けつけた。
 久しぶりだったから話題も多くて、酒も進んだ。話題はあっちこっちに飛んだ。特に折から開催中の大相撲に及んだが、世代交代は必至という声が強かった。
 都合のつかない者も少なくなかったが、メンバーの顔ぶれを見るとここでも随分と高齢化していることに気づかされる。参加者は全員役職者だった。
 それにしても、4時間も飲んでいたから久しぶりに飲み過ぎた。しかし、これもとてもうれしいことだった。

ああ鶴見線!

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私の好きな鉄道車窓風景10選

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(写真1 工場地帯の“秘境駅”大川駅)

首都圏の秘境駅

 鶴見線が好きだなどというと鉄道ファンならいざ知らず、一般の人には訝しげに思われるかしれない。鶴見線を知っている人ならなおさらあの工場地帯を走る列車のどこがいいのよと言うに違いない。そもそも鶴見線とはどこなのか。
 鶴見線とは、京浜東北線の鶴見駅から横浜市と川崎市にまたがって伸びる路線。京浜工業地帯の海岸沿いに工場群を縫うように走っている。住宅はほとんどなく、乗客は工場に通う従業員が大半。
 車窓に絶景があるわけでもなく、沿線に珍しいものがあるわけでもなく、ダイヤも通勤する乗客相手に組まれて土休日など極端に不便になる、そのような路線にどのような魅力があるのか。その魅力とはどのようなものか、探りに鶴見線に乗りに出かけてみた。
 乗ったのは12月27日金曜日、この年の仕事納めの日。
 鶴見線は、鶴見駅から扇町駅を結ぶ本線(7.0キロ)のほか、本線上の浅野駅から分岐して海芝浦駅に至る海芝浦支線(1.7キロ)、同じく本線上の武蔵白石駅から大川駅に至る大川支線(1.0キロ)があり、全線9.7キロの誠に小さな路線。

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(写真2 鶴見駅の鶴見線との中間改札口)

 まず、鶴見駅。地表を走る京浜東北線とは別に高架上にホームがあり中間改札口があった。この必要性は乗ってみてわかった。それはともかく、相対する2面2線のホーム。しかし、通常は改札側に近い3番線が発着ホームのようだ。
 11時20分発浜川崎行き。4両。日中だし乗客は少ない。しかし、平日朝の通勤時間帯に乗るとこの路線の特徴がよくわかる。かつて乗ったことがあるのだが、通勤のサラリーマンで満員の乗客は黙々と乗っていた。このあたりは神戸の和田岬線に似ている。
 発車すると、右に曹洞宗大本山総持寺が見え、やがて左にカーブしながら京浜東北線や東海道線の線路をまたいでいく。

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(写真3 国道は高架下にある独特の風情の駅。構内にはその名も国道下という居酒屋があった

  国道(こくどう)というちょっと変わった名前の駅を過ぎると鶴見川を渡った。鶴見小野を過ぎて弁天橋が近づいて工場地帯に入った。弁天橋では左右にJFEの工場が見えた。右奥はかつては造船所だったが今はどうなっているか。

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(写真4 浜川崎駅。道を挟んで左が鶴見線ホームで、右が南武線改札口)

 浅野、安善、武蔵白石と続くがまずはそのまま進み浜川崎。11時32分着。この電車はここ止まり。この駅はちょっと変わっていて、鶴見線として1面2線のホームがあり、右にカーブして扇町へと向かうのだが、改札を左に出ると、道路を挟んで南武線の駅がある。離れているし路線も違うのだが、同じ浜川崎駅となっている。線路は鶴見線と南武線とは直角の位置関係にある。浜川崎駅は鶴見線、南武線ともに無人駅なのだが、鶴見線の簡易Suica改札機には、南武線に乗り継ぐ乗客は、Suicaをタッチするなと注意書きがある。一方、改札を右に出ると、JFEの敷地になっており、許可なく立ち入ることはできないと警告してある。
 ところで、次の扇町行きには40分ほど間があり、ここで昼食にしようとしたが、駅周辺は工場ばかりで食堂や商店が見当たらない。しばらく歩いて駐車場の係員に尋ねたところ、もっと先にコンビニがあるとのこと。ここで腹の足しになるものを確保した。

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(写真5 本線終点の扇町駅ホーム)

 さて、鶴見から来た扇町行きに乗車。12時13分発。浜川崎を出ると右に大きくカーブしながら昭和を経てすぐに扇町12時17分到着。行き止まりの終着駅である。なお、鶴見から直接乗ってきても所要時間はわずかに17分である。降り立ったのは5人だけだった。片側1線のホームがあるだけの粗末な駅だが、周辺は大企業の大工場がびっしり並んでいる。
 ところで鶴見線の駅名のこと。鶴見線の開業は1926年(大正15年)。元々が埋め立て地であり土地に格別の由来もないわけで、それで、開発者の名前などから引用した。浅野は、浅野財閥社長の浅野総一郎であり、安善は安田財閥創業者安田善次郎に因んで付けられたといった具合である。

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(写真6 浅野駅ホーム。右奥が本線で、手前左が海芝浦支線)

 扇町からは折り返し電車で浅野に戻り、海芝浦支線に乗った。浅野は、本線と支線がY字形のホームになっており、海芝浦支線は浅野を出ると右に急カーブを切り、左に運河と並行しながら一直線に進む。右は終始東芝の工場である。新芝浦を経てわずか4分で東芝の工場に突っ込むようにして終点海芝浦到着。

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(写真7 東芝に直結した海芝浦駅改札口)

 ある意味鶴見線を象徴するような駅である。改札口は東芝の工場に直結しており、東芝の職員が詰めていて来客をチェックしている。もちろん、不用のものは入場できない。
 関係者以外下車できないということになるが、幸い、東芝口の脇に小さな公園があってそこは自由に休憩できるようになっている。小さなスペースだが、東芝のはからいで設けられたもので、その名も海芝公園と名付けられている。

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(写真8 海芝公園からの眺望。対岸は右から鶴見つばさ橋、東京ガス扇島工場、JFEスチール東日本製鉄所)

 この公園からの眺めが秀逸である。運河に面していて、対岸には右から順に鶴見つばさ橋、東京ガス扇島工場、JFEスチール東日本製鉄所が間近に見えるし、横浜ベイブリッジも遠望できる。夕日もいいだろうし、夜間なら工場の夜景も美しいのではないか。

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(写真9 海に張り出した海芝浦駅ホーム。右奥がJFEの製鉄所)

 片側1線のホームが海に張り出すようにして設けられている。海に近い駅というのは全国各地にあるが、海の上のホームというのはここだけであろう。
 来るときの乗客はわずか数人だけだったが、帰りの電車は、仕事納めの日の午後とあって満員の乗客だった、二人連れの中年の女性が「1年のうちで今日のこの時間が一番好きだわ。ほっとする」と話していた。
 次は大川支線。この線区もちょっと説明が必要で、線区上は武蔵白石から分岐するように書かれているのだが、実際には電車は一つ手前の安善から分かれていく。
 それで、浅野からいったん安善まで戻り大川行きの電車を待つことにしたところ、大川行きはなんと8時台の次は17時台までないではないか。ここで5時間も待っているわけにもいかず、この日はここで諦めることにした。
 武蔵白石-大川はわずかに1.0キロの区間。歩いても15分とかからない距離。通勤者には歩いている人たちも少なくないに違いない。しかし、私は電車に乗りに来たのであってそうもいかない。テレビ番組の路線バスの旅ならバスがないところは歩いているようだが、線路はあるのだからそうもいかない。
 鶴見線に全線に渡って乗るのは初めてではなし、それも4度目なのだがうっかりして鶴見線の難しさを忘れていた。ふらりと行き当たりばったりの乗り方が間違いだった。
 しかし、首都圏にあってこのローカル性が鶴見線の魅力の一つでもある。思いつきだけでは簡単には来られないぞというのがいい。あるいは、安善の駅で呆然と5時間も待っていた方がよかったのかもしれない。それなら鶴見線の魅力をより痛感できたのかもしれない。ただ、そうなると寒さも増すし、午後5時を過ぎると暗くなって車窓が面白くないので諦めた。

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(写真10 安善駅に接する貨物線)

 しかし、この鶴見線は、貨物列車が元気だ。鶴見線に限らず周辺も含めて貨物線が発達しているし、旅客輸送を上回るのではないか。浜川崎-扇町間など複線のようにみていると、この区間は電車線と貨物線が並行しているのだった。こういうのを双単線(単線並列)と呼ぶらしい。
 この日も、安善駅で様子を見ていると、10数本もの入れ替え線があって、日本石油輸送のタンク車がしきりに構内を移動していた。また、構内を横切る踏切では、鉄道ファンが望遠レンズを構えて撮影していた。10人近くも陣取っていたが、貨物鉄道ファンなのであろう。
 さて、乗り損ねた大川支線には、年をまたいで1月3日に再挑戦に訪れた。まだ松の内なのに家族も放り出して鶴見線に乗りに行くと言ったら家内は唖然としていた。
 早朝家を出て鶴見7時55分発大川行き。この日は休日だから、大川支線の列車は7時台に2本、夕方17時台に1本の合計3本しかない。朝夕に10時間も間がある。まるで秘境線である。3両編成だが、さすがに乗客はまばらである。

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(写真11 武蔵白石駅のホーム=手前左=をかすめるように右に急カーブしていく大川支線)

 電車は安善を出て武蔵白石の直前で武蔵白石のホームの端をかすめるように右に大きくカーブした。昔は武蔵白石から出ていたらしいが、車両が大きくなって武蔵白石に入っていたのではカーブしきれなくなったらしい。ただ、大川支線の起点の扱いだけは武蔵白石駅に残ったもののようだ。

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(写真12 大川駅。昔で言う国電区間にある秘境駅)

 武蔵白石をかすめて右に大きくカーブすると単線になりそのまま直進してほどなく大川。駅前は三菱化工機の工場。この日は休日で工場は休みのはずだが、何用あってか下車する人はいる。私は乗ってきた電車ですぐに折り返した。ここでまごまごしていると次の電車まで10時間も間が空く。
 鶴見線は、全線わずか9.7キロの路線だが、二つの支線があって行き止まりの終着駅も三つ。線内すべての駅が無人駅であり、各駅にはSuica自動改札機が設置されているのだが、乗客の大半は鶴見駅での乗降者。途中の駅で乗って途中で降りるという人ははなはだまれなようだ。それで、鶴見駅に中間改札機を設けたものであろう。
 電車特定区間に入る路線の一つなのに、このローカル性、秘境性が魅力だし、貨物鉄道と共存しているというのもうれしいこと。貨物路線としては浜川崎から先は羽田を経て東京貨物ターミナルから都心に入っていくわけで、貨物としては大幹線である。好きな車掌車を目で探したが、さすがに見当たらなかった。

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(写真13 大川駅改札口に掲示してあった時刻表。休日は日に3本。8時17分の次は何と10時間後の18時01分である)

 

三浦千波展

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(写真1 個展会場の様子)

力強く大胆な画風

 三浦千波の個展が銀座の兜屋画廊で開催されている。
 会場に入ると明るい色彩の絵がいっぱいに目に飛び込んでくる。風景画が多いのだが、力強い画風が特徴で、あるいは画家のことを知らなかったら男性が描いたのではないかと思うほどだ。三浦さんはあまり細かなデッサンはしないそうで、それが自由で大胆な画風に生きているようだ。特にオレンジ色の配色が大胆で、見るものに大きなインパクトを与えている。
 オレンジ色ということでは、私は三浦さんの絵を20年来見てきているのだが、三浦さんはオレンジ色をイタリアへの取材旅行でつかんだのではなかったか。中でもアッシジを題材にした作品は印象深く秀逸だった。素人の勝手な想像だが。
 そしてこのたび、スペインの古都トレドを題材にした一連の作品に受け継がれているようで、もはや“ちなみのオレンジ”といえるような独自の表現世界ではないかと思われた。フェルメールのブルー、ゴッホのイエローと並べては三浦さんは面映ゆいだろうか。
 代表作は「トレドの橋」だっただろうか。会場には40点ほどの作品が展示されていたのだが、どれか1点を選ぶとしたら、はなはだ難問だが、私はこの絵を選んだだろうと思った。
 三浦さんの絵は、明るい風景画が多いから、自宅のリビングルームであろうが、書斎でもいいだろうし、存在感もあるからホテルのロビーのような大空間にも似合うだろうし、どこに飾っておいても落ち着いた情緒が得られる。
 三浦さんは岩手県の大船渡市の出身。東日本大震災で大きな被害を受けたところだが、三浦さんの絵にも震災後しばらくは暗い影を落としていたが、このたびの個展を見る限り明るさは戻ったようだ。
 三浦さんはほぼ2年ごとに個展を開催しているようで、もう20年にもなるのだという。銀座の名門画廊できちんと個展を開催し続けてきているのだから、三浦さんの実力と人気ぶりがうかがい知れる。

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(写真2 「トレドの橋」=開催案内の絵はがきから引用)

銀座線渋谷駅新駅開業

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(写真1 新しく生まれ変わった銀座線渋谷駅ホーム。白を基調に明るい)

約百メートル移動し新築移設

 東京メトロ銀座線の渋谷駅が新しく生まれ変わった。旧駅から約百メートル移動し新築移設したもので、正月3日に開業した。
 銀座線は、日本で最初の地下鉄路線で1927年(昭和2年)の開業。浅草から上野や日本橋、銀座、赤坂見附などと都心繁華街を貫いて渋谷に至る14.3キロの路線で、渋谷駅は開業から10年後に開設された。
 新しい渋谷駅には1月7日、浅草から向かった。渋谷は地下鉄にもかかわらずそもそも新旧とも地上駅なのだが、浅草から30数分、渋谷が近づきトンネルを抜けると新駅にはすぐに到着したから面食らった。つまり、旧来は、トンネルを抜けると明治通りをガタゴトと鉄橋で渡ってホームに入っていっていた。これが、ある種、銀座線の風物詩だったのだが。
 新駅舎はとても明るい。白を基調にしていて、ホームは1面2線の島式。1番線2番線とありホーム幅は12メートルと広い。柱と梁をアーチ型に一体に組んでおり、このため屋根がM型にウエーブしている。ホーム上には柱が1本もないからとても広々と感じる。行き先案内や出口・乗り換え案内などのサイン類もスマートでわかりやすい。電車は3分間隔とひっきりなしに発着している。
 面白いのは、車体上部の行き先表示で、「浅草」の下に“1番線到着“などと浅草の到着ホーム番線が明示されていること。浅草駅は相対するホームとなっており、到着するホームによっては、乗り換え出口やエスカレータ、エレベータのあるなしなどが変わる。電車は3分間隔だから少し待っても浅草駅を使い慣れていればこれは便利。それにしても、行き先表示に到着番線までも記されているというのも珍しい。
 銀座線は全列車6両編成。東京の地下鉄の中では短いが、このためホームの長さも102メートル。
 ホームはちょうど明治通りをまたぐようにあり、手前側つまり東側は明治通り口となっており、ホームから1本のエスカレータで一直線に地上に降りることができる。3層構造のようだが、2層目には将来隣接ビルとの連絡通路が設けられるという。細かいことだが、この2層目にトイレがあった。実は、これまで銀座線渋谷駅にはトイレが一つもなかったのである。もっとも、男子用トイレには用をたせる便器は大小合わせても一つしかなかったが。スペースの関係だろうが、これはちょっとひどくはないか。
 一方、銀座線とは直角の位置関係にあるJR線を挟んで反対側の西側はスクランブルスクエアになるが、まだ、工事中の部分が残っておりちょっとわかりずらい。そもそも、旧駅舎は東急百貨店のビルの3階にあったから、とても乗降が面倒だった。

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(写真2 旧ホームが残っており、線路が奥へと引き込まれている)

 西側のホーム端に立ってみると、古いホームがまだ残っており、線路も奥まで引き込まれている。ホームはいずれ取り壊されるのだろうが、線路はそのまま使用されるのだろう。なぜならこの奥に車庫があるからで、7本の編成が留置できていた。
 なお、ホームは100メートルほど手前に移動したわけだから、銀座線の営業キロもその分短くなるのではないか。

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(写真3 東側の明治通りに面してある銀座線専用改札口)

 東側、明治通り口に出ると、明治通りに面して新しい改札口ができていた。専用の改札口は、実は、銀座線渋谷駅としては初めてのものになる。
 一方、反対側、西側からホーム全体を観察すると、ホームは明治通りに架かっていることがよくわかるし、何やら外観は丸みを覚えている。M型ウエーブの所以である。なお、ホームの屋根は工事が完成すれば東西自由通路として利用できるようになるとのこと。M型のへこみの部分が歩行者用通路になるらしい。駅舎の構造物として大変面白い利用の仕方だ。
 銀座線は地下鉄として最も早くにできた路線だから、地下は浅いところにホームがあって、利用するにとても便利。しかし、老朽化も進んでおり、このたびは浅草から乗ってきたからなおさら痛感するのだが、浅草駅も是非使い勝手を工夫し利便性を高めて欲しいものだ。

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(写真4 ホームを外から見たところ.。わずかだが外壁に膨らみが感じられる。下は明治通り