ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

阪急伊丹線/甲陽線

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(写真1 塚口駅で左3号線が伊丹線ホーム。右は本線)

近畿地方の鉄道路線⑫

 伊丹線も甲陽線も阪急電鉄神戸本線の支線的存在。しかも、どちらも、路線距離がわずか2キロから3キロ程度の短い盲腸線。
 伊丹線
 神戸本線塚口駅から伊丹駅を結ぶ路線。JR福知山線とほぼ並行している。5月27日塚口3号線から13時37分発伊丹行き。4両。平日の日中だが、乗客はそこそこ多い。沿線は住宅地で、工場が多いJR線とは様相が違う。市街中心には近いようだ。途中、稲野、新伊丹とあって13時42分伊丹着。2号線。わずか5分の乗車。路線距離は3.1キロである。線内往復の列車ばかりで、本線との乗り入れはないようだ。
 JR伊丹駅とは同じ駅名ながら離れているし、伊丹空港の最寄り駅というわけでもない。

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(写真2 伊丹駅2号線の様子)

<線区メモ>
線区名/阪急伊丹線
区間/塚口駅(兵庫県尼崎市)-伊丹駅(兵庫県西宮市)
営業キロ/3.1キロ
軌間/1435ミリ
駅数/4駅(起終点駅含む)
全線複線・電化

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(写真3 夙川駅甲陽線ホーム)
 甲陽線
 神戸本線では梅田から来ると西宮北口の次の夙川(しゅくがわ)駅から甲陽園駅を結ぶ路線。営業距離はわずか2.2キロしかなく、阪急の中では単独の路線としては最も短い。駅数も途中に一駅あるだけ。
 5月27日夙川11時07分の発車。片側1線のホームで、ホームに番線(阪急で言う号線)表示がなかった。2両編成。阪急でこれは少ない。ワンマン運転で、これも阪急では珍しい。しかも走り出してわかったがこの路線は単線で、これも阪急としては珍しく、たしか、嵐山線に例があるだけではなかったか。
 夙川を出て苦楽園口を経てすぐに甲陽園到着。11時12分。苦楽園と言い甲陽園と言い、まるで老人ホームのような駅名だが、開業当初歓楽地だったことの名残なそうで、現在は夙川を初め沿線は高級住宅地となっている様子。

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(写真4 甲陽園駅のたたずまい)
<線区メモ>
線区名/阪急甲陽線
区間/夙川駅-甲陽園駅(全線兵庫県西宮市)
営業キロ/2.2キロ
軌間/1435ミリ
駅数/3駅(起終点駅含む)
全線単線・電化

阪神武庫川線

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(写真1 本線から乗り換えるための武庫川駅中間改札)

近畿地方の鉄道路線⑪

 阪神電鉄の武庫川駅は、ちょっと面白い駅。阪神本線のホームは、すっぽり武庫川の橋上になっているのだ。ホーム全体が河川の上というのはとても珍しく、武庫川は、尼崎市と西宮市の境になっているのだが、東口は尼崎市となり、西口は西宮市という具合。片側1線のホームが相対してある。
 これに対して武庫川線のホームは、本線に直角の位置にあって、西宮側に島式1面2線のホームが地上にある。ホーム入り口には中間改札がある。

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(写真2 ホーム後方に見える留置車両。この先は本線との連絡線となっているようだ)

 改札を入ってみたら、ホームに番線表示がない。どうやら西寄りの線路は使われていないらしく、東寄りの線路だけで発着しているようだ。また、西寄りの線路は本線の下に伸びており、列車が留置されていた。
 ともあれ2両編成ワンマン運転。車両は、この頃では見かけるこの少なくなった阪神伝統の赤銅色。5月27日9時39分の発車。
 列車は、武庫川の右岸を土手沿いに走っている。東鳴尾、洲崎と続きやがて終点武庫川団地前。この間、わずか5分ほど、1.7キロの短い路線である。それでも、阪神なんば線を除き阪神にとっては数少ない支線である。
 そもそもこの路線は、戦時中、軍需工場への人員と物資の輸送のために敷設されたもののようで、戦後、大団地への旅客輸送として今日に至ったものらしい。

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(写真3 終点の武庫川団地前駅)

<線区メモ>
線区名/阪神武庫川線
区間/武庫川駅-武庫川団地前(全線兵庫県西宮市)
営業キロ/1.7キロメートル
軌間/1435ミリ
駅数/4駅(起終点駅含む)
全線単線・電化

 

伊豆半島旅行

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(写真1 スーパービュー踊り子号が停車中の伊豆急下田駅構内)

伊豆急で下田へ

 先週は伊豆半島を旅行した。伊豆は何度も訪れているところだが、泊まりがけでゆっくり歩いたのは久しぶり。
 まずは東京駅から特急踊り子号で下田へ。伊豆急に直接乗り入れている列車で、9番線から10時ちょうどの発車。
 昔の作家の鉄道紀行文を読むと、発車前に停車中の列車を先頭から最後尾まで観察したようなことがよく書かれていたものだが、この頃ではそういうことをする人も少ないのではないか。何しろ電車特急だし、変化は少ない。ちなみにこの踊り子107号は古くから走っているJRの107系特急車両。まだ使われていたのかと思うほどだが、グレードの高い旅行を楽しむ人は展望車両のスーパービュー踊り子号を選んでいるのだろう。ただし、人気の列車でチケットは取りにくい。そのことはともかく乗り込んだ列車は10両編成で、先頭3両が指定席、続いて2両がグリーン車、さらに指定席が3両あり最後は自由席車が2両の編成。私は指定席車に乗ったのだが、2列+2列のシート配置。面白いのは左側の2列は満席なのに、右側の2列は見事に空席。この列車は海岸線を走るから左窓が人気なのだ。
 列車は熱海から伊東線に入り網代や宇佐美を経て伊東へ。熱海に次ぐ大きな温泉場。そしてここからは伊豆急線内となり、乗務員も交代した。
 列車は、伊豆半島の東岸、相模湾に面して走っているのだが、小さな岬をトンネルで貫いているから眺望は必ずしも続かない。伊豆高原には車両基地があり、伊豆急の観光車両が多数留置されていた。車窓からの景観を大事にした車両が多いようだった。また、普通列車の伊豆急車両は東急のマークが付いていた。伊豆急は東急の関連会社なのである。
 伊豆北川、伊豆熱川、伊豆稲取などと温泉地が続く。河津からは天城峠へのバス便がある。
 伊東からの伊豆急線内は単線。このため列車交換のためしばしば長い時間停車した。このこともあって東京を出たときには7分の遅れだったものが、結局、伊豆急下田へは30分も遅れ午後1時少し前に到着した。
 下田は南伊豆観光の拠点。2面3線の行き止まりのホームがあり、多くの観光客でにぎわっていたが、欧米人の姿が少なくなかったものの、ここでも中国人のグループの多いことには驚いた。

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(写真2 小川沿いにカフェや土産物屋が続くペリーロード)

 下田では、爪木崎を訪ねたほかは、同行者のこともあり欲張らずにゆったりと散策した。だから、石廊崎へは足を伸ばさなかった。
 市内では、ペリーロードという小道を散策したほか、下田公園で、折から満開となっているアジサイを楽しんだ。また、下田はもとよりペリーが来航したところ。至るところに関連の遺跡があった。
 ここからは江戸は随分と遠かったはず。実際、米領事ハリスは一週間もかけて江戸に上ったらしい。幕府は船で江戸に入ることを認めなかったとのこと。それにしても、5隻の黒船が入港した折には、下田の人々は宇宙人が来たのかというほどに驚いたと解説してあった。
 なお、この日の宿は、下田から少し戻って稲取温泉に取った。素晴らしくおもてなしのいい旅館でくつろげた。

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(写真3 斜面いっぱいに咲き誇る下田公園の見事なアジサイの群生。種類の多いことに感心した)

能勢電鉄

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(写真1 山下駅のホームの様子)

近畿地方の鉄道路線⑩

 能勢電鉄は、阪急宝塚線の川西能勢口駅(兵庫県川西市)から妙見口駅(大阪府豊能郡豊野町)を結ぶ妙見線と、途中、山下駅で分岐し日生中央駅(兵庫県川辺郡猪名川町)に至る日生線がある。略称能勢電。阪急の子会社。
 川西能勢口駅は阪急と能勢電の共同使用駅で、能勢電が阪急に業務委託をしている。3面5線のホームがあり、4号線5号線が能勢電で、3号線は梅田から来た能勢電直通列車がスイッチバックする。ちなみに、阪急はホーム番線を号線と称している。慣れないと、道路の番号のようで違和感がある。
 14時44分発妙見口行き。4両。ワンマン運転。阪急と同じ車両だ。川西能勢口を出てすぐに左にカーブした。右に美しい斜張橋が見えたが、駅名にもあった絹延橋であろうか。住宅が続いているがいかにも山を切り開いたという様相だ。
 山下。妙見線から日生線が分岐する結節点。3面4線のホームがあり、1号線が日生中央方面、2号線が日生中央からの川西能勢口方面、3号線が妙見口方面、4号線は妙見口からの川西能勢口方面となっている。
 妙見口行きに乗ってきたのだが、まずは日生中央行きに乗り換えるつもり。3号線に到着したところ、同じホーム反対側の2号線に日生中央行きが入っている。それですぐに飛び乗ったら、この列車、面白いことにいったん川西能勢口方面に向かい、スイッチバックして1号線に入った。ここでもドア扱いを行ってしかる後に発車した。

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(写真2 日生中央駅)

 一駅で日生中央。駅周辺はいかにもニュータウン。朝夕には宝塚線梅田駅との間を直通運転をする日生エキスプレスなる特急列車が運転されているようだ。
 すぐに折り返して山下で先ほどと逆の手順で妙見口へ。どんどん山深くなって終点妙見口。妙見山への登山口で、ここからケーブルとリフトが出ている。
 なお、路線データとしては、営業距離妙見線12.2キロ、駅数14、日生線2.6キロ、駅数2。

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(写真3 妙見口駅)

京阪 大阪京都滋賀を結ぶ

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(写真1 びわこ浜大津駅前の軌道線の様子)

近畿地方の鉄道路線⑨

 京阪(京阪電気鉄道、京阪電車)は、大きくは大阪から京都を結ぶ京阪線と、京都から滋賀へと伸びる大津線の二つの路線を持つ。
 このうち京阪線は、淀屋橋駅-三条駅間を結ぶ京阪本線と三条から鴨東線が出町柳駅まで伸び、大阪側では天満橋駅から中之島線が中之島駅まで分岐していてこれらは京阪線と総称されており、実際上もこれら各線は一体運行されている。
 8時00分発出町柳行き京阪本線特急は淀屋橋を出ると守口市、門真市、寝屋川市などと淀川の東側、つまり左岸を走りわずか22分で枚方市到着。同じホーム反対側の6番線から8時24分発交野(かたの)線私市(きさいち)行き。

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(写真2 しゃれた三角屋根の私市駅の駅舎)

 5月25日快晴。4両だが、土曜の下りだから車内は空いている。交野市を経て河内森の手前でJR片町線を跨いだ。それにしても京阪は〇〇市と市が付いた駅名が多い。ほかにも八幡市などというのもある。
 そうこうして終点私市8時38分着。きさいちとは難読駅だが、ただし、私市は市町村名ではない。三角屋根のしゃれた駅舎があったが、駅前の周辺地図によれば、大阪、京都、奈良県境が近く、ハイキングコースがあるようだった。
 折り返して京阪本線に戻り中書島で再び途中下車し宇治線に乗り換え。3番線から9時30分発宇治行き。4両。
 この間、木津川を渡り、淀川に近づき、いつしか宇治川沿いになり、六地蔵で大きく右にカーブし、そうこうして終点京阪宇治9時45分着。

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(写真3 京阪宇治駅の前にある宇治橋)

 宇治川のほとりに駅はあり、世界遺産平等院には宇治川橋を渡る必要がある。なお、JR宇治駅は宇治川の向こうで、宇治川を渡る鉄橋がすぐ眼前にあった。
 この先は、京津線に乗る予定で、当初は三条まで行き地下鉄東西線に乗り継ぐ計画だったが、中書島まで戻るよりは、六地蔵で東西線に乗り換えた方が早いととっさに判断した。
 しかし、これは失敗で、京阪と東西線とは駅名は同じ六地蔵ながら二つの駅は随分と離れていて炎天下歩かされた。事前に十分にルートは練っていたはずで、やはりとっさの変更は往々にしていい結果とはならない。
 そのことはともかく、まずは六地蔵から御陵(みささぎ)へ。ここは京阪と東西線の共同使用の地下駅で、京阪はここから京阪山科を経て京津線へと直通する。なお、東西線は京都の繁華街を抜けて太秦天神川へと至る。
 御陵10時45分発びわ湖浜大津行き。4両。発車してすぐ地上に出た。このあたりの線路はいささか入り組んでいて、山科では並んでいたJR東海道線とはトンネル内でクロスしたようだ。そうこうしてびわ湖浜大津。到着の直前に軌道敷きになった。軌道線なのである。びわ湖浜大津駅前で軌道線がT字にクロスしていた。
 ここで京阪石山坂本線に乗り換え。石山寺駅と坂本比叡山口を結ぶ14.1キロの路線で、全線で軌道線である。
 琵琶湖に面して左つまり北へ走るのが坂本比叡山口行き。左に山、右に湖という路線だが、湖はあまりよく見えない。三井寺、近江神宮前などと通った。近江神宮前駅には車庫があった。

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(写真4 坂本比叡山口のモダンな駅舎)

 そうこうして坂本比叡山口到着。モダンな駅舎があった。坂本ケーブルで比叡山に登ることができ、さらに越えて叡山ケーブルと叡山ロープウエイを乗り継いで京都側の八瀬比叡山口に下ることができる。
 ここは折り返してびわこ浜大津を経て石山寺へ。琵琶湖を西へ向かっている路線で、こっちの方が琵琶湖畔を走る風情がある。京阪膳所や京阪石山などを経て石山寺。石山寺へは徒歩10分ほどだったか、とても情緒の深いお寺。『枕草子』にも登場しているし、紫式部がここで『源氏物語』の構想を練ったことでも知られる。

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(写真5 石山寺に停車中の京阪電車)

LEDライトスタンド

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(写真1 LED光を放つライトスタンド)

小さいが強い光

 友人からもらった。
 この友人は、かねてLEDを用いて様々な光の造形に取り組んでいて、大変興味深いものだし、一つ所望していたのだった。
 いただいたのは、ドライフラワーにLEDを埋め込んでライトにしたもの。
 LEDは直径2ミリほどの白色で、光源の大きさの割には強い光を放っている。電池は単三が2本で、スウィッチが付いており、缶のような水差しにさしたシンプルなもの。
 しかし、これをテーブルに置いて、食後の灯りにすると、とても柔らかい光になってやさしい気分に満たされる。
 それにしても、LED(発光ダイオード)が発明されて数十年。随分と身の回りにも増えてきた。

馬場道『photo esseay 続「撮り歩き」』

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豊かな着眼と鋭い視点

 昨年2月に上梓した『撮り歩き』の続編。第一集では100本200ページのphoto essayが収録されていたが、その後も精力的にカメラを片手に歩きまわっていたようでわずか1年2ヶ月で第二集をまとめた。
 撮り歩きとは、散策にもカメラを離さず面白いもの、ふと気になることを見つけては写真に撮りエッセイにするというもの。当然外出も多くなるが、傘寿になって格好の老化防止にも役立っているようだ。
 第一集では身の回りに題材を求めて市井を観察しているようだったが、第二集では市井の撮り歩きに加えて、「辻標を訪ねて」や「踏切を渡る」などとテーマを定めてシリーズ化している新趣向もあって総ページ数は何と358ページに上っている。
 「辻標を訪ねて」。著者は仙台市在住。仙台はもとより伊達藩62万石の城下町。仙台では由緒ある町名や通名を現代に伝えようと市制施行88周年を記念して辻標となる石柱を88カ所に設置したようで、これはその訪ね歩き。載っている写真から判断すると、石柱は高さ150センチ、四角形で1辺の幅20センチほどか、
 表小路、長刀丁、外記丁などといかにも城下町らしい町名や通名が出てくる。仙台市民なら懐かしい名が多いのではないか。石柱一本には二つの名前が彫られていて、刻まれた町名・通名は174にもなっている。地図を頼りにしながら簡単には見つからず随分と苦労も多かったようだ。
 私も仙台には時折出向いていて、それなりに町名にも馴染みのところがあるのだが、ネオンきらびやかな国分町(こくぶんちょう)が実は歴史的にはこくぶんまちだったとは知らなかった。
 「踏切を渡る」。仙石線のうち仙台市内にある踏切を網羅した記録。踏切を渡って歩くとはなかなか面白い趣向。仙石線はあおば通駅から石巻駅に至る路線だが、ここでは仙台市内に限るとして中野栄駅からあおば通駅に向かっている。
 ただ、これも線路を歩けるならともかく、線路をつたいながら歩くことになるわけで、時には歩行者専用の小さな踏切もあってなかなか苦労が多かった様子だ。
 しかし、この踏切歩きはおもしろかったのか、仙石線の次には仙山線へと足を向けている。
 著者は新聞記者。写真がいいし記事もコンパクトで読みやすい。そして何よりも着眼が豊かで視点の鋭いことに感心した。発行日が4月30日。つまり平成最後の日。あるいは著者自身にも平成を締めくくろうとの企画意図があったのかもしれない。
  なお、本書は私家版で、著者は私の実兄である。