ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

足立美術館

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(写真1 足立美術館の庭園)
庭園が評判
 足立美術館は、島根県安来市にある地元出身の実業家足立全康が創設した私立の美術館で、現在は公益財団法人足立美術館が運営している。山陰本線の安来駅から無料のシャトルバスが運行されており所要約20分。美術館は稲刈りの始まった田んぼの中にあった。入館料は2,300円。
 入館してちょっと戸惑ったのは、団体客が異常に多いこと。出雲観光の目玉になっているようなのである。金沢の21世紀美術館なども観光客の姿が多いが、ここは別格だ。
 この美術館は、庭園の美しいことでも人気を呼んでいるのだが、大方の団体客にとっては庭園にこそ関心が高いようで、美術品の前では足早に通り過ぎる人たちが多いように見受けられた。
 しかし、コレクションはすばらしくて、日本画の代表的な画家の作品が揃っていたから、日本画好きには垂涎の内容ではなかったか。
 特にこの日は文化勲章受章の作家たちと題する特別展が開催されていて、中でも横山大観の作品は展示室一室を丸々占めるヴォリュームだった。

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(写真2 和室の手前から庭を望むとまるで額縁の絵のようにも見えてこれぞ一幅の山水画となっていた)

島根県立美術館

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(写真1 宍道湖に向け大きく開口したロビー)

 三拍子揃った魅力

 魅力は三つ。一つ目はもとよりコレクションで、ロケーションが二つ目、三つ目は運営内容。全国の公設美でこの三つが揃ったところも珍しいのではないか。全国の県立美術館の大半を見たことがあるが、ここ島根県美はその素晴らしさから上位にランクされよう。
 まず、ロケーション。宍道湖に面しており眺望が素晴らしい。これが何よりの価値。宍道湖は全国夕日100選に選ばれるほどに夕日がことのほか素晴らしいことで知られるが、この美術館は湖畔の東南岸に位置しているところから、その眺めは絶好となっている。建物そのものも随所にそういう工夫が見られる。設計は菊竹清訓。
 美術館の開館時間は10時00分から18時30分だから夕方ゆっくり鑑賞できる。この頃は金曜日などは開館時間を延長しているところも増えてきたが、常時18時30分というのは珍しい。しかも3月から9月の期間は日没30分後まで開館時間を延長しており、夕日をたっぷり楽しむことができる粋な計らいとなっている。ただ、訪れた日は生憎と曇りで夕日は望めなかった。

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(写真2 石橋和訓「美人詩読」=美術館で配布されていた鑑賞シートから引用)
 さて、肝心のコレクション。私はこの美術館は三度目だが、いつでも目当ては石橋和訓の「美人詩読」(1906年)。私はこれほど美しい絵をほかに知らない。モデルはイギリス人らしいが、貴婦人の典雅さに目を奪われる。石橋は島根県出身、イギリスで肖像画を学んだという。
 ところで、この美術館では展示室の入口に、展示作品を解説したB6判ほどのシートが置いてあり、自由に持ち帰られるようになっており、とても鑑賞の手助けとなっている。
 このシートで、妻の実家の郷里が松江だったと解説してあったのが松本竣介の「鉄橋付近」(1943年)という作品。戦時中は松江に妻子を疎開させていたとのこと。松本は盛岡中学(現盛岡一高)の時に聴力を失い画家の道を志したが、この作品のモチーフは繰り返し描かれており、静謐さの中に孤独感といった画家の心象風景が描き込まれているように思われる。
 ほかにも岸田劉生の「自画像」(1914年)などとあって至福の時が過ごせる魅力的な美術館なのだった。

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(写真3 松本竣介「鉄橋付近」=美術館で配布されていた鑑賞シートから引用)

城下町の風情松江

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(写真1 松江城天守。国宝に指定されている現存天守である)
水の都を歩く
 松江はなかなか魅力的な町。もとより島根県の県庁所在地だが、山陰きっての観光地であり中心都市でもある。人口は山陰最大。
 ぐるっと松江レイクラインというレトロな観光バスが市街中心を巡っている。JR松江駅が起終点で、一周が約50分、一方通行だがこれで主だった見どころは回れるようだ。乗り降り自由の1日乗車券が500円。
 松江は、そもそも宍道湖から中海に注ぐ大橋川の両岸に開けた街で、このバスに乗っていると川を何度も渡る。松江大橋、宍道湖大橋、くにびき大橋などという具合。バスは渡らなかったが新大橋というのもあった。
 松江の魅力はいくつもあるようだが、ハイライトの一つは松江城だろう。実に国宝の現存天守である。現存天守そのものが全国に12しかなく、しかも国宝に指定されているものは5つしかない。
 松江城は平山城で、天守は小高い丘の上に建っている。ちょっと変わった形で、二重の櫓の上に二重の望楼をのせていて、望楼型と呼ばれるらしい。また、入口に附櫓があるのも面白い。
 最上階に登ってみると、四方を遮るものなく望むことができ、実に見晴らしがいい。市街中心のやや北側に位置しているらしく、南に宍道湖が大きく見えた。

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(写真2 堀沿いに連なる塩見縄手の街並み)
 城跡も良く整備されているし、城下町も塩見縄手などと武家屋敷が往時を偲ばせてなかなか風情がある。堀が残っているのも松江の魅力で、遊覧船が堀巡りをしている。宍道湖があり大橋川があり、堀が幾重にもあって松江は水の都と呼ばれている。
 そう言えば、塩見縄手は堀沿いに連なって城下町の風情が残る街並みだが、その一角にあった小泉八雲旧居の玄関先で見た薄紫色の花に目を奪われた。ルリヤナギ(瑠璃柳)というのだそうで、小さな景色だが、旅先でこういう場面に出くわすと思わず心が和む。
 松江の名物は夕日だ。2泊した滞在中には曇りばかりで生憎と見ることはできなかったが、数年前に湖畔の宿から見た夕日はたいそう素晴らしいものだった。
 松江の食についても触れておこう。宍道湖はしじみで知られるが、そば屋でも寿司屋でもしじみ汁が出された。これが実に美味い。やはり出汁にするしじみが新鮮なのであろう。
 しかし、食といえばやはり出雲そばだろう。割子そばが有名だが、丸くて底の浅い漆器にそばが入っていて、つゆをかけて食べる仕組み。三段になっているのが一般的なようで、好みによって薬味などのせる。そばは黒く、おおむね太い。洗練さにはやや欠けるが、その分そば本来の味が楽しめた。
 そば屋でも寿司屋でもいっぱいやった。酒がことのほか美味い。そば屋で飲んだ奥出雲仁多米純米酒がことのほか良かった。近年全国的にも知られるようになってきた仁多米(にたまい)の本場だが、冷やでいただくときりっとした風味が味わえた。また、寿司屋でいただいた、隠岐の酒だという高正宗や、奥出雲の簸上正宗などと個性ある酒が多くて飲み過ぎた。

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(写真3 出雲名物割子そば)

出雲路を走る一畑電車

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(写真1 北松江線と大社線が接続する川跡駅の様子。左から松江しんじ湖温泉行き、出雲大社前行き、電鉄出雲市行きの各線)
島根県のローカル私鉄
 一畑(いちばた)電車とは、島根県東部の私鉄。北松江線、大社線の二つの路線がある。北松江線は電鉄出雲市と川跡(かわと)を経て松江しんじ湖温泉33.9キロ、大社線は川跡-出雲大社前間6.3キロを結んでいる。
 面白いのは運行ダイヤ。平日と休日とでは大きく異なるのである。つまり、松江しんじ湖温泉へ直行する列車は、平日は電鉄出雲市始発なのに対し、休日は出雲大社発となる。明らかに観光客重視の対応である。なお、電鉄出雲市から出雲大社前へ直行する列車は平日休日にかかわらず設定されていない。

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(写真2 なかなか風情のある一畑電車の出雲大社前駅)
 10月1日日曜日。出雲大社前から一畑電車の旅をスタートした。出雲大社前駅は、出雲大社参道の中心にあり、大社までも歩いて5分程度。今は廃止なってしまったが、かつてのJR大社駅からは15分もかかっていたから、断然利便性は高い。
 さて、その出雲大社前駅(通称電鉄大社あるいはばたでん大社)は、参道に面しなかなか貫禄のある駅舎に1面2線の頭端式ホーム。改札口はその頭端側にある。2両編成。ちなみに一畑電車は全列車2両。
 13時56分発。この日は日曜日だから松江しんじ湖温泉行き。立っている人は多くはないがほぼ満席。観光客が大半のようだ。
 発車してほどなく4つ目が川跡。14時07分着。この駅では松江しんじ湖温泉、電鉄出雲市、出雲大社前各方面すべての列車が接続する仕組みになっている。ただ、各列車とも接続時間はわずか数分と良く考え込まれたダイヤとなっており、ストレスなく乗換ができとても便利。
 この日も、1番線に松江しんじ湖温泉行き、2番線出雲大社前行き、3番線電鉄出雲市行きの各列車が揃っていた。私もここでいったん下車し電鉄出雲市行きに乗り換えた。14時12分発。
 出発して三つ目、出雲科学館パークタウン前付近で左から来た線路に並行した。JRの山陰本線である。そのまま並んで走り、終点電鉄出雲市に到着した。1面2線の高架ホームで、14時21分着。JRは出雲市駅である。両駅は隣接しており雨に濡れずに乗換ができる。
 すぐに14時55分で折り返し、再び川跡で出雲大社前から松江しんじ湖温泉行きに乗り換えた。
 沿線では、黄金色の稲穂がたわわに実り、稲刈りも半分ほどまで進んでいた。
 途中、一畑口でスイッチバックを行った。つまり、進行方向が逆転したわけだが、これは、かつてこの一畑口から分岐して左の山側に一駅だけ一畑駅へ向かっていた時代の名残である。一畑には一畑薬師があるのだが、そもそもこの一畑薬師への参詣のために設けられたような路線で、電鉄名もこれに由縁する。
 もう宍道湖畔を走っているはずだがなかなか眺望は開けない。右窓が宍道湖なのである。つまり、宍道湖の北岸なわけだが、かつては宍道湖の築堤に線路があったらしいから、その当時はよほど見晴らしが良かったのであろう。
 松江イングリッシュガーデン前に至ってやっと宍道湖がはっきり見えてきた。長ったらしい駅名だが、かつてはルイス・C.ティファニー庭園美術館前というもっと長い名前だった。その頃、駅名標のサイズが定型では足りず、この駅だけが横長の駅名標だった。駅名は替えたものの、さほど短くはしなかったもののようだ。
 そうこうして終点松江しんじ湖温泉15時53分着。2面2線のホームで、駅舎はガラス張りの新しいしゃれたものだった。
 なお、この松江しんじ湖温泉駅は、その名の通り温泉街にあり、JR松江駅とは離れているが、松江城など旧市街にはやや近い。町を南北に分断している大橋川の北側に位置するところからかつては北松江駅と称していたし、路線名には北松江線とその名が残っている。

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写真3 松江しんじ湖温泉駅の外観)

秋色新た

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(写真1 強い香りで秋を振りまいているキンモクセイの花)
花は正直
 まだ暑い日があったり寒い日があったりして落ち着いてはいないが、それでもこのところ秋色がはっきりしてきた。
  秋分の日が過ぎて日が短くなってきた。いつも通り朝5時半にウォーキングに出るのだが、つい先日まではすでに陽は高いところまで登っていたのに、この頃ではやっと明るみ始めたという様相だ。朝の辛い時期になってきたのだが、しかし、私はこの時期の朝焼けが好きで早朝の散歩を欠かさない。それにしても先日のことだが、西の方に旅に出ると、5時半ではまだ暗いことに驚かされた。
 花は正直で、季節の移ろいをきちんと伝えてくれる。キンモクセイが隣のお宅で咲き始めた。花そのものは黄色く小さな粒のような形だから地味で、うっかりすると気がつかないほどだが、つんとした強い香りが秋を振りまいている。

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(写真2 嫋やかなコスモスの花)
 コスモスも咲いている。秋を感じさせる代表的な花で、色とりどりに咲いているから華やかそうにも見えるが、少しの風にも揺れる嫋やかさが秋なのだろう。秋に心と書けば愁だが、私にはコスモスは哀れこそ感じられるし、秋の心象風景だ。
 我が家から2軒先のお宅(つまり、キンモクセイのお宅のその隣)では、ブーゲンビリアが美しい花を見せている。赤紫色とでもいうのだろうか、いくつもの花が手鞠のように丸くふくよかな姿になっていてとても華やかだ。ハワイやシンガポールなどで見かけるから南方の花だろうから秋の花とは一概には言えないのかもしれないが、花期は長いようで随分前から咲いている。寒さには弱く手入れは難しいそうである。
 我が家の庭では萩が咲くはずだが、今年はまだ見ていない。

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(写真3 艶やかなブーゲンビリアの花)

池田学展

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(写真1 「誕生」を前に会場の様子)
超緻密なThe Pen
 超緻密な画風で知られる池田学の展覧会。The Pen-凝縮の宇宙との副題が付いているが、まさしく壮大なスケールで描かれた圧倒的宇宙観だ。
 「けもの隠れ」「ブッダ」「領域」「興亡史」「予兆」などと順に見ていったが、絵は重層的で幾層にも重なり合っているし遠近で印象が異なるから子細に見る必要があった。拡大鏡を持参している人がいたがこれは正解だったろう。また、一眼鏡で見ている人もいたが、会場は混み合っていて容易には作品に近づけなかったからこれも用意周到賢い鑑賞だった。
 注目したのはやはり「誕生」。3☓4メートルの大作で、2013年から3年の歳月をかけて、アメリカのチェゼン美術館に滞在しながら描いたものだとのこと。
  明らかに東日本大震災の影響を受けて描かれたもののようで、震災のあらゆる事象が描き込まれている。子細に見ると気持ちの悪くなるようなモチーフも描かれているが、鳥が飛び交い花が咲き乱れて希望を予兆させる内容と受け止められた。
 池田の画法は、紙にペンで描くやり方。インクが大半で時に透明水彩があるようだ。何でも1日で描けるのはわずか10センチ四方程度らしい。手法といい作品といいいかにも独創的な絵画だった。日本橋高島屋で。

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(写真2 「誕生」=部分)

出雲大社に詣でる

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(写真1 出雲大社拝殿。大きな注連縄が特徴だ)
往時を偲ばせる旧大社駅
 出雲日御碕灯台を訪ねた際出雲大社に詣でた。
 出雲大社は、かつて唯一大社を名乗ることのできた格式の高い神社なそうで、戦後あちこちの神社で大社と名乗ることに現在でも不快感を隠さないらしい。
 なるほど、社殿も立派なものだし、門前町も大きい。境内に入る前に長い商店街がある。神門通りといい巨大な石造の大鳥居がある。一の鳥居というからここからが参道であろうか。飲食店や土産物屋などが並び、とてもにぎやかな通りで、大勢の観光客が行き交っている。途中に一畑電車の出雲大社前駅があった。
 ほどなくして商店街が途切れた。勢溜と呼ばれ出雲大社と大書された石柱が立ち、黒塗りの大鳥居があった。二の鳥居のようで、ここからが境内ということのようだ。面白いのはここからの参道は下っていること。下っている参道というのも珍しくはないか。松並木が続き、少しして三の鳥居。鉄製だということである。

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(写真2 四の鳥居である銅鳥居と奥に拝殿)
 次ぎに四の鳥居である銅鳥居をくぐると正面に拝殿がある。大きな注連縄があり、戦後再建されたもののようだが、出雲大社のよく知られた風景だ。ここでお参りする人が大半だが、面白いのは拝礼の仕方が、ここでは二礼四拍手一礼となっていることだ。参拝者はよく知っているようでパチパチとやっているが、中には不揃いの人もいた。
 拝殿から右に回り込むと正面に本殿。ただ、塀で囲まれていて参拝をすることはおろか、外観も全体を見ることができない。いわゆる大社造りと呼ばれるものだからこれは残念。なお、ちょうど平成の大遷宮が終わったところだということだった。
 ところで、一の鳥居の手前に参道に続く通りがあるのだが、少し離れたところにJRの旧大社駅があった。いかにも出雲大社にふさわしい宮殿風の駅舎で、かつての賑わいを彷彿とさせるものだった。駅舎内のほかホームや線路などほぼ往時のまま保存されており貴重な財産だ。駅舎内には出札窓口や観光案内所などがそのまま使えそうな状態で残されていた。
 1990年(平成2年)3月31日の大社線の廃線とともに大社駅も廃止となっている。かつては大阪、京都、名古屋、東京からそれぞれ直通列車もあったし、最盛期には年間280本もの団体列車が発着していたという。8列にも並んでいる臨時改札口がその名残だろう。
 なお、この大社駅から境内に入る二の鳥居のある勢留までは15分もかかるようだったから、かつては団体客がぞろぞろと歩いたものであろう。

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(写真3 旧大社駅。かつての賑わいを彷彿とさせる堂々たる駅舎)