ABABA’s ノート

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ジェフリー・アーチャー『レンブラントをとり返せ』

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新しい警察小説のシリーズ

 アーチャーの新作である。それも警察小説である。アーチャーに警察小説は初めてではないか。もっとも、アーチャー自身は「これは警察の物語ではない、これは警察官の物語である」と巻頭に一筆入れているが。
 主人公は、ウィリアム・ウォーウィック。あれっ、待てよ、この名前は『クリフトン年代記』の主人公だった作家ハリー・クリフトンの作品の主人公の名ではなかったか。確か、この人物はあの作中では亡くなったはずだが。
 そのことはともかく、ウィリアムの父は一流の勅撰法廷弁護士であるサー・ジュリアン・ウォーウィックであり、同じく姉のグレイスも弁護士。
 言わば法曹一家ということになるが、ウィリアムは父の期待に背いて大学では美術史を学び、卒業するや警察官となった。しかも、警察学校を修了し、大卒は昇任が早くなるという有利な条件を行使せず、一般の新人と同じ条件で警察官人生をスタートさせた。このため、刑事を希望できるまで二年間は地域を巡回しなくてはならなくなったが、ウィリアムはそれを受け入れた。
 そして、ベッカム署における二年間の地域巡回任務を経てスコットランドヤードに呼ばれ、美術骨董捜査班に配属された。すでに刑事昇任試験は成績首位で合格していた。
 ロンドン警視庁の美術骨董捜査班は、ジャック・ホークスビー警視長をトップに、ブルース・ラモント警部、ジャッキー・ロイクロフト巡査部長の面々。ウィリアムは下っ端の捜査巡査である。 ちなみに、イギリスの警察官の職階はうるさくて、同じ巡査でも、捜査をする巡査は捜査巡査あるいは刑事巡査と呼ばれ、制服を着て任務に従事する巡査とは峻別されている。同じように、弁護士も法廷弁護士と事務弁護士とは役割分担が明確に分かれている。
 捜査班が眼中に置いているのが、マイルズ・フォークナー。名うての美術品窃盗詐欺師である。捜査班は7年間にわたってフォークナーを追ってきていた。フォークナーは統制された高度な組織を作り上げており、このプロの犯罪者グループはフィッツモリーン美術館からレンブラントを盗み出していた。
 ここからアーチャー得意の手に汗を握るようなスリリングな展開が始まる。フィッツモリーン美術館の調査助手ベス・レインズフォードが登場し物語を華やかにしてくれている。
 どうやら本作は新しいシリーズの1作目のようだが、またまた魅力的な主人公を生み出したものだ。八十歳にもなってストーリーテラーアーチャーに筆の衰えは全く見られないようだ。
 アーチャー作品の面白いところの一つはその魅力的な文体であろう。原文で読んでいるわけではないがイギリス独特のレトリックがしゃれているし小説に磨きをかけている。
 500ページあまりの文庫本を読んできて、最後の1行が、詐欺師フォークナーがニューヨークに来いよと誘いながらウィリアムの耳元でささやいた(その理由は)「本物が見られるからだよ」とは思わずにやりとさせるではないか。(戸田裕之訳)

(新潮文庫)