ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

車掌車に魅せられて

特集 車掌車小全

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(写真1 ヨ8000形車掌車の車内。執務用テーブルと椅子、右奥に長椅子とテーブル、中央にストーブ、右手前にトイレが配置されている。真岡鐵道真岡駅構内で)

究極の移動書斎として

 私は車掌車に対して格別の憧れがある。ただし、車掌が乗務する車掌車本来の目的とは違って、移動する書斎としてはどうかと熱望しているのである。
 車掌車とは、貨物列車の最後尾に連結されている業務用車両のことで、事業用貨車の一種。ただし、1985年までに原則廃止となっており、この頃では業務中のものを見かけることはなく、公園などに展示されたりして保存されているのが散見されるだけ。その保存車両も120両に満たないようだ。現在では稀に特殊大型貨物の輸送や新製車の編成輸送に連結されて使用されることがあるようだ。なお、車掌車に貨物も積めるようにしたものは緩急車と呼ばれ、車掌車とは区別されており、頭に付く記号はワフである。
 保存車両の中には、これは北海道に多いのだが、駅舎として利用されていたり、店舗として活用されたりしている例が少なくない。公園に設置されているものも多くて、車掌車はSLに次いで子どもたちにも人気が高いようだ。
 私は、車掌車を書斎代わりにしてはどうかと考えている。車掌車には、テーブルや椅子、長椅子にストーブやトイレも備えられているものもあって、十分に書斎の機能を有している。私はこのアイデアを関川夏央『家はあれど帰るを得ず』から得た。
 そもそも通勤電車はとても集中できる読書環境だし、読書のためだけに長距離電車に乗っている人もいるということだし、かつては、読書のために寝台列車で往復しているような人もいたようだ。つまり、鉄道は読書環境として古今重宝されているのである。
 私はもう一つ踏み込んで、専用の車掌車を購入し、JR貨物に頼んで貨物列車の最後尾に連結してもらい、全国ふらふらと読書三昧にふけりたいのである。行き先はもちろん貨物列車任せでいい。朝起きてみたら見知らぬ駅に停まっていたなどというのはロマンティックではないか。
 もっとも、これはなかなか叶わぬ夢だが、それでもあきらめきれず、全国の保存車両を探しては訪ね歩いている。このことは旅の動機付けにもなるし、そもそも何の役にも立たない旅ではあり、百閒先生のいう究極の旅ではないだろうか。
 車掌車にも幾つか種類があり、私は車両そのものにはあまり詳しくないのだが、現存するもの中から代表的なものを選び出してみた。旧国鉄が大半だが、私鉄にも幾つかある。なお、車掌車は、形式の頭にヨを振ることとなっている。また、車掌車はデッキとブレーキが付いているものが常態である。

国鉄ヨ3500形
 窓が4つある。1345両が製造され、全国各地で使用された。特に北海道と四国で最後まで残った。

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(写真2  ヨ3961=碓氷峠鉄道文化むら)
 
国鉄ヨ5000形
 国鉄の主力車掌車。居住性が良好で乗務員には好評。ヨ3500形を二段リンク化してヨ5000形に編入したものものも大量にあった。この場合、車両番号には3500形由来のもに10000番を付している。コンテナ特急用として登場した。

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(写真3 ヨ5008=京都鉄道博物館)

 

国鉄ヨ6000形
 ヨ5000形に比べやや小さく窓数も3つとなっている。国鉄の新型主力車掌車として使用された。現存車両が少ない。

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(写真4 ヨ6798=青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸船内。青森駅隣接)

 

国鉄ヨ8000形
 外観が従来の車掌車と比べ大きく変化していて一目でわかる。トイレも設備され最新設備車両として大量に製造された。

 

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(写真5 ヨ8627=若桜鉄道若桜駅)

 

国鉄ヨ9000形
 100キロ走行を可能とした高速貨物輸送対応車掌車。しかし、走行試験の結果がよくなく、試作段階でとどまっている。外観はヨ6000形に近い。

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(写真6 ヨ9001=平成筑豊鉄道源じいの森)

 

秩父鉄道ヨ10形
 L字型の車両で外観が特異。セメント輸送に活躍した。

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(写真7 ヨ15=秩父鉄道車両公園)

 

東武鉄道ヨ101形
 埼玉県北葛飾郡杉戸町長戸路児童公園。東武独自の形式ヨ101形で、現存する3両といわれる保存車両の1台。東武の貨物車両の伝統である薄緑の塗色。車室部分はさほど広くはなく、庇の付いたデッキがあるほか、前後のオープンデッキの広いのが特徴となっている。

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(写真8 ヨ126=長戸路児童公園)

 

国鉄レムフ10000形
 鮮魚専用高速貨物列車用冷蔵車で、同じく冷蔵車レサ10000形に車掌室が付いた形式。なお、形式記号のレムフはレ=冷蔵車、ム=積載重量14トン~16トン、フ=緩急車(車掌室、手ブレーキ付き)を表す。
 レムフ10000は、冷蔵室の白い車両の後尾に青い車掌室がくっついている。車内はしっかりした設備で、事務机と椅子と長椅子。石油ストーブにトイレも付いている。長時間業務にも対応できる。車掌車としてはヨ8000形に近い内容。私は、貨物列車の最後尾に車掌車を連結してもらい、究極の書斎として貨物列車の行くところそのままに全国をふらふらと旅をするのが念願だが、この車掌室ならうってつけだ。しかも、車掌室を設置するために空気バネ台車を採用しており、走行中の振動も低いようだから素晴らしい。この高速貨物列車は、下関-汐留間1000キロを17時間で結んだという。

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(写真9 レムフ10000形外観=鉄道博物館。奥の部分が車掌室)

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(写真10 同車掌室内部。素晴らしい設備内容である)

 なお、私自身はまだ一度も見たことがなかったのでここには採り上げなかったけれども、ヨ2000形というのが1両現存しているようだ。


 現存する車掌車の状態はまちまち。駅舎として再利用されていたり、駅構内に留置されていたり、公園に展示されているものも多い。また、民間に払い下げられて商業施設となっているものもある。その代表的な例を状態別に見てみよう。

動態保存
  明知鉄道明智駅(岐阜県恵那市)で、車掌車を牽引してSLが構内運行されている。SL(蒸気機関車)はC12244号機で、車掌車はヨ18080号車。休日のイベントで、車掌車には子どもたちが体験乗車している。動態保存されている車掌車は全国に幾つかあるが、駅構内に限られるとはいえ、現実に走行を体験乗車のできる車掌車は珍しい。(2016年3月20日撮影=この日が初走行だった。私も乗ってみたかったが、子どもたちが長い列を作っており、とても一緒に並ぶ勇気がなかった)

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(写真11 SLに牽引され子どもたちを乗せて構内走行する車掌車ヨ18080)

 

廃駅跡
 廃線廃駅メモリアルの一つ。熊本県水俣市の旧山野線の久木野駅跡にホームや信号機などとともに保存されている。山野線は、鹿児島本線水俣駅から肥薩線の栗野駅を結んでいた全線55.7キロの路線で、久木野駅は水俣から四つ目、この先にはループ線があり、熊本-鹿児島県境越えとなっていた。

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(写真12 旧久木野駅跡のヨ8955。状態のいい保存だった)

 

編成単位で
 山梨県韮崎市の韮崎中央公園。機関車+車掌車という形式の保存は少なくないが、貨物列車の編成単位そのものというのはっ珍しい。ここでは、EF15電気機関車を先頭にトラ70000形貨車が3両つづき、最後尾にヨ5000形車掌車が連結されており、貨物列車の編成がきれいに整っていて、こういう展示は東西の鉄道博物館にも見られない堂々たるもの。

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(写真13 EF15電気機関車を先頭に無蓋貨車3両に続いて最後尾にヨ5000形車掌車を連結し貨物列車の編成で展示されている)

 

鉄道博物館
 鉄道は人気なのであろう。全国には公設や民営の鉄道博物館は数多いが、展示車両に車掌車も含まれているところは少ない。ここは千葉県いすみ市の鉄道車両博物館ポッポの丘。車掌車については、気動車に牽引されて4両が展示されている。

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(写真14 気動車の次がヨ8000形のヨ8818。続いて3両がいずれもヨ5000形車掌車。全両ヨ3500形からの改造車で、順に車両番号はヨ14157、ヨ14202,ヨ13959。ヨ8000形に比べ倍近い車内スペースで、ヨ14157号車の場合、事務用テーブルに椅子が2脚セットされているほか、長椅子や石油ストーブも装備されている。複数人の乗務を想定したのだろうが、トイレは付いていない。全両動態保存の状態)

 

駅舎として
 車掌車を駅の待合室に転用している例が全国に33あるらしい。北海道に特に多い。乗降客の少ない駅ばかりだろうが、北海道のような自然条件の厳しい駅では待合室は貴重であろう。

f:id:shashosha70:20190703155801j:plain(写真15 根室本線西和田駅。根室本線のうち愛称花咲線と呼ばれる区間にあり、外観はきれいに塗装され、待合室内には時刻表が掲示されているほか、長椅子のベンチがある。1日あたりの乗客数が1人という駅だが、ボランティアの活動だろうか、清掃も行き届いていた)

 

住宅街の車掌車
 東急池上線洗足池駅からバスで10分ほど。閑静な住宅街の中に佇むようにある。

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(写真16 型式ワフ29500の緩急車。個人所有だが、書斎にでも使用したものであろうか。大変羨ましいこと)

参考・引用文献 

 1.笹田昌宏『車掌車』(イカロス出版)

 2.ウィキペディア関連項目