ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

03-01 読書ノート

池澤夏樹『科学する心』

文学的科学エッセイ 大学で理系に身を置いたこともある著者によるこれは科学を話題に据えたエッセイ集。とにかく著者の該博な知識には驚嘆するばかりだが、そこは一流の文学者によるものだから、一つひとつのテーマはとても難しいものばかりなものの、理系に…

ホーカン・ネッセル『悪意』

スウェーデンミステリー このところ元気なスウェーデンミステリー。次々と新しい作品が紹介されて楽しませてくれている。特に現地在住の翻訳家の活躍が光る。英語版からの重訳ではなく原書からの訳出だから細かな味わいが出ているように思う。マイ・シューバ…

中村文則『あなたが消えた夜に』

二回読んでも難解 4年前に単行本が刊行された折にすでに読んでいて、このたび文庫化されて再び手に取った。つまり再読と言うことだが、まったく色褪せていなかった。それほど面白いと言うことだが、まずはそのことに自身率直に驚いた。小説は文庫化されて再…

柚月裕子『慈雨』

慟哭のミステリー 警察官を定年退職した神場智則は、妻の香代子を伴って四国巡礼の旅に出た。神場は群馬県警捜査一課の元刑事で、夫婦ふたりの旅は新婚旅行以来だった。八十八か所すべての寺を歩いて回る計画で、一番札所の霊山寺から順に約二ヶ月をかけて遍…

大江健三郎『政治少年死す』

『セヴンティーン』第二部 『セヴンティーン』は1961年「文学界」1月号に発表され、続いて2月号に『政治少年死す』(セヴンティーン第二部)が発表された。大江健三郎26歳の頃で、大江はすでに23歳で芥川賞を受賞し、旺盛な執筆活動を行っていて最…

川本三郎『あの映画に、この鉄道』

日本映画鉄道紀行 映画に登場した鉄道が丹念に取り上げられている。 ざっと数えてみたところ、取り上げられた映画は合計241本。登場した路線や駅は実に404。著者は評論家。映画や鉄道に造詣の深いことはよく知られているところだが、それにしてもよく…

アンソニー・ホロヴィッツ『カササギ殺人事件(上・下)」

稀にみる傑作ミステリ これは稀にみるミステリの傑作だ。文庫本で上下2冊。謎解きの面白さが詰まっていて、じっくり読み進むとミステリ好きにとっては至福の時を過ごすことができる。 イギリスミステリらしく構成がよくよく凝っている。文庫上下2冊という…

町屋良平『1R1分34秒』

芥川賞受賞作 二十一歳のC級プロボクサーが主人公。最下級のプロライセンスで、いわゆる四回戦ボーイと呼ばれるクラスか。デビュー戦を初回KOで華々しく飾ったものの、その後二敗一分けと負けが込んできている。 ディテールがすごい。パチンコ店員として…

フリン・ベリー『レイチェルが死んでから』

入り組んだ心理劇 ノーラは、週末を利用してロンドンから姉のレイチェルが住むコーンウォールを訪ねた。 家が近づくと何かがおかしい。家に入ると最初に目にはいったのは犬で、階段の一番上からリードで吊り下げられていた。階段を登ると、腰板に血痕があり…

村松拓『海の見える駅』

旅情がかき立てられる 全国各地の海の見える駅が北から南まで70カ所取り上げられている。 海の見える駅はつまり海が映える駅でもあるわけで、美しいカラー写真で構成されている。それも、一つの駅に1枚や2枚の写真ではなくて数枚は載せられているからと…

植本一子『フェルメール』

独特の写真紀行 ずばりとした書名だが、内容はフェルメールに関するガイド本でも画集でもないのでまずは念のため。 著者は写真家。傍ら執筆も手がけるという様子。34歳。出版社の依頼でフェルメールの全作品を写真に撮ることになり、世界各地に散らばって…

村田靖子『エルサレムの悲哀』

エルサレムを舞台にした物語 これは珍しい、エルサレムを舞台に日本人によって書かれた物語である。著者は、イスラエルのキブツ(農業共同体)で暮らした経験を持ち、現代ヘブライ文学の研究や翻訳活動を行っている。 書き下ろしの9本の短篇で構成されてい…

内田洋子『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』

「本が本を連れてくる」 モンテレッジォは、イタリア北部、トスカーナ州の山深い寒村。ここの村人たちは、かつて、貧しさから逃れ現金収入を得るために村を出て本を担いで行商して歩いたという。それはどういうことだったのか、非常なる興味を抱いて本書の物語…

高橋弘希『送り火』

芥川賞受賞作 後味の悪い小説だ。面白くないとは言わないが、読んで楽しくもない。芥川賞受賞作だから読んだけれども、そうでなかったら手に取らなかっただろう。 ただ、文章はうまい。濃密な描写できちんとしている。ただし、やや硬質だ。とても三十代の作…

池澤夏樹『終わりと始まり2.0』

率直な時評で人気のコラム 朝日新聞に連載されてきた時評を中心としたコラム集の第二集。2017年末までの4年分が収録されている。 連載が一か月に1度という頻度がいいようで、世の動きを一か月ごとに区切り、その中からテーマを選び、それに関わる情報…

池内紀・松本典久編『読鉄全書』

鉄道ものアンソロジー タイトルが断然いい。読鉄(よみてつ)とはふるっている。鉄道趣味世界も幅は広くて、鉄道の写真撮影を趣味とする撮鉄(撮り鉄)、鉄道に乗っていることが楽しい乗鉄(乗り鉄)から車両派や廃線派などとあってそれぞれに一派一家を構え…

スティーヴン・キング『刑務所のリタ・ヘイワース』

(写真1 『刑務所のリタ・ヘイワース』所収の「ゴールデンボーイ」) 映画『ショーシャンクの空』原作 アメリカ映画『ショーシャンクの空』をテレビで見たところとてもいい映画で味わい深かったので原作を手に取った。すでに原作を読んでいた映画を観ることは…

ベルンハルト・シュリンク『階段を下りる女』

不思議な味わい深い魅力 傑作『朗読者』の著者による近作。またまた魅力的な作品を手に取ることができた。 フランクフルトの弁護士である語り部の「ぼく」は出張先のシドニーで、業務を終えてふと入ったアートギャラリーで1枚の絵と出会う。 絵には「階段を下…

ジョン・ハート『終わりなき道』

評価が分かれる大作 誤解を恐れずに書けば、これは心温まる物語である。ただし、誤解されないために書き加えれば、暴力シーンの連続で、殺された人間が20人近くにもなる。 1ページ2段組のポケミスで600ページ近い長編で、大作ではあるがこれを途中で…

『行ってみたい世界の灯台』

世界の絶景灯台65基 美しいカラー写真で世界65基の灯台が紹介されている。これまで目にすることもなかった灯台が多くてうっとりする。写真には簡単なものだが解説も添えられているから、なるほど行ってみたくなる魅力があった。 それにしても世界にはい…

佐々木譲『警官の掟』

禁忌に踏み込む 指名手配中の殺人犯を追う大井署地域課の波田野涼巡査と門司孝夫巡査長。湾岸エリア、城南島の巨大倉庫に追い詰める。遅れて第一自動車警ら隊の松本章吾巡査と能条克巳車長が駆けつける。波田野と松本は警察学校の同期である。犯人は銃を所持…

マイクル・コナリー『死角 オーバールック』

ハリー・ボッシュ・シリーズ 亡くなった友人の遺品が送られてきた。段ボール箱には文庫本がいっぱいに詰まっていてマイクル・コナリーの著作が数十冊も含まれていた。私がミステリー好きと知ってのことらしい。 確かにミステリー好きではあるが、このアメリカの…

マイ・シューヴァル/ペール・ヴァールー『消えた消防車』

マルティン・ベックシリーズ スウェーデン語からの直接の訳出で改めて注目されているマルティン・ベックシリーズの5作目。 張り込みをしていたグンヴァルト・ラーソンの目の前でアパートは爆発炎上した。張り込み対象の1階右のマルムの部屋が火元と見られたが…

小川クニ『ゆりかご ごっこ』

心温まるエッセイ集 80台を前に来し方を振り返りつつ綴ったエッセイ集である。著者は岩手県在住。地元新聞岩手日報の随筆欄に投稿して掲載された作品が多く、29編が収録されている。80歳前後から折々に書かれているのだが、通して読めば、エッセイで綴…

本の雑誌編集部編『絶景本棚』

羨ましい書棚 『本の雑誌』に連載された「本棚が見たい!」を単行本化したもの。30数名の作家や評論家、編集者などの書棚がカラー写真で紹介されている。 他人の書棚を見るというのは、のぞき見のような面白さがあり、どのような本を読んでいるのか興味が…

レイフ・GW・ペーション『許されざる者』

スウェーデンミステリの傑作 国家犯罪捜査局の元長官ラーシュ・マッティン・ヨハンソンは、外出中、脳塞栓で倒れ、カロリンスカ医科大学病院に搬送され入院していた。 入院中、リハビリに励んでいたところ、主治医のウルリカ・スティエンホルムから意外な話がも…

原尞『それまでの明日』

探偵小説の復権 待望の新刊である。14年ぶりだという。デビューから30年になるか、処女作『そして夜は甦る』から『私が殺した少女』『さらば長き眠り』などと好んで読んできた。ただ、いかんせん寡作で、この頃ではもう筆を折ったのかと思っていた。 し…

畑村洋太郎『技術の街道をゆく』

技術者への提言 著者は東京大学名誉教授。「失敗学」の提唱者として知られる。失敗に学び、同じ過ちを起こさないようにするということだが、境界領域の広い学問で、原因究明をしっかりと行うことはもちろん、得られた知識を社会に広めていくことが肝要だと提…

みやこうせい『MY MARAMUREŞ』

マラムレシュ写真集 ルーマニアで出版されたみやこうせい写真集である。〝私のマラムレシュ〟とタイトルが付されている。 みやさんは、エッセイスト・フォトアーティスト。1937年生まれ、岩手県盛岡市出身。ルーマニア文化功労章受賞。 マラムレシュとは…

池澤夏樹『のりものづくし』

市電で行けるところまで行く流儀 いやはや書名そのものである。旅好きのこと、乗り物も好きだろうなとは想像はついていたが、およそあらゆる乗り物に乗っている。本書はその体験に基づいて書いたエッセイ集。 鉄道や自動車はもとより、エレベーター、フェリ…