芥川賞受賞作
二十一歳のC級プロボクサーが主人公。最下級のプロライセンスで、いわゆる四回戦ボーイと呼ばれるクラスか。デビュー戦を初回KOで華々しく飾ったものの、その後二敗一分けと負けが込んできている。
ディテールがすごい。パチンコ店員として練習に明け暮れる若手ボクサーの生活、練習のこと、試合のこと、減量の様子、日常を徹底して描いている。このことがまずは魅力。
主人公の年齢を考えれば青春小説と言えるのだろうが、甘ったるさは微塵もない。少々粗雑そうに見える文体がかえって中味に合致しているし、リアリティがある。
いくつか引いてみよう。
練習どおりができるのは好調のときだけだ
ひとつひとつが的を得ている気がするのは、ぼくが試合に負けたせいで、それたったひとつだ。勝った要因は皆ひとつに絞りたがり、大抵は間違っている。負けた要因は皆百個も二百個もおもいつき、すべて正しい。これが勝負ということだ。
トレーナーが途中からウメキチに交代した。ウメキチはまだ現役のはずだが、トレーナーとしてボクシングをみてみようということらしい。
初めウメキチのやり方に反発し、ため口をきいたりしていたが、次第にウメキチのやり方についていくようになった。このウメキチとのやりとりがまるでプロの真剣勝負のようで味がある。
ウメキチと進める減量はすさまじい。プロボクサーの宿命か。
言語化できる地獄に地獄はない。少しずつカロリーを落としながら集中を切らせないウメキチとの日々は、確実に精神を削いだ。
ウメキチは大仰な労いや試合にむけた意気込み等をいわなかったし、いわせなかった。わかっていた。いままでやってきたことのすべてとリングの上で再会する。
(「文藝春秋」3月号所収)