ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

沢木耕太郎『飛び立つ季節』

旅のエッセイ集

 情感たっぷりで心温まるエッセイだ。ちょっとしたエピソードを一編の作品に仕立て上げて秀逸だ。一編ずつは短いから読むにちょうどよい。
 旅の行き先は全国に及ぶが東北が多いようだ。会津若松、金沢、修善寺、黒石、男鹿、松江、柳川、臼杵、二本松等々。
 私も旅好きだから、これらの土地には足を踏み入れたことがあり、すぐに思い浮かぶ思い出がある。
 ただ一つ、本書に登場した土地で訪れたことのないところは福岡県の秋月。秋月は、福岡藩(黒田藩)の支藩だった秋月藩の城下町。美しい佇まいで知られる。甘木鉄道と西鉄甘木線の終点甘木駅からバスが出ている。甘木駅には、甘鉄でも西鉄でも三度も降り立ったことがあるのに、秋月まで足を伸ばす余裕がなかった。
 沢木の旅の流儀が面白い。旅には行き先の予定を綿密には立てないとある。私は鉄道ファンだからこれはできない。行き止まりの終着駅で、帰りの列車が4時間も5時間もないということはままあることだが、しかし、それもあらかじめわかっていること。降り立って初めて帰りの列車がないなどということはない。なければないで、終着駅の町をそぞろ歩くという楽しみが生まれる。思わずうまいそばにありつけるなどという楽しみを見つけることもある。
 夜行列車には乗らないということ。車窓に楽しみが欠けるからだという。これはまったく同感で、もちろん、夜の車窓にもしみじみとした楽しみはあるが、初めての路線なら、やはり日中にに乗りたい。基本的には一人旅だということ。これも同感。
 著者とは同年代だし、似たような体験が多いようだ、二泊以上する場合、二泊目も同じ居酒屋に寄るらしい。これはいい。こうして馴染みの店が作れる。
 なお、本書は、JR東日本の新幹線社内誌に連載されたものをまとめたものだが、連載はこの三月で打ち切りとなっている。本書あとがきによると、これからは日本の南の方にも足を向けるとあるから、どこか西の方、南の方で会えるかもしれない。
(新潮社刊刊)