ABABA’s ノート

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石川啄木『一握の砂』

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近藤典彦編による定本
 久しぶりに『一握の砂』を手に取った。かつては繰り返し読んでそらんじている歌も少なくなかった。
 『一握の砂』は、啄木24歳の折に編んだ歌集で、啄木にとって初めての歌集だった。以来、どれほどの出版社から刊行され版を重ねてきたものか。日本の歌集でおそらく今日に至るももっともポピュラーなものであろう。
 本書の編者近藤典彦氏は啄木研究の第一人者のようで、本書にはその研究成果がふんだんに盛り込まれている。『一握の砂』の定本だというので私も手に取ったという次第。
 まず、ページを開いてすぐに気がつくことは、文庫1ページに2首、つまり見開きに4首が収められていること。これは、啄木が1910年に東雲堂書店から上梓したときの体裁と同じなそうで、これが実に読みやすい。私の書棚には幾種かの『一握の砂』があるが、例えば、岩波の啄木全集(新書版)には、1ページに8首も割り付けられていて、はなはだ読みにくい。
 本書を手にとって驚いたのだが、1首1首を味わうように読み進むに適している。しかも、編者は声に出して朗読することを勧めており、「一行ごとに、歌と行分けが要求する小休止を置きながら、味読して下さい」と述べていて、なるほどやってみるとそれは一段と味わい深いようだった。
 ここに収められている歌のことはさておくと、もっとも感心したのは編集のきめ細かさだった。
 1ページ2首にすること自体がページが増えて制作費がかさむことだが、そのことをまずはいとわず、各ページに脚注を付け、巻末に補注を集めている。また、各首ごとにナンバリングを施し、これによって補注との連動を容易にしている。さらに、巻末には索引まで付いている丁寧さである。
 なお、やはり巻末には、編者自身による解説が付されているが、これは編者の啄木研究の集大成が凝縮されたもののように思われた。これぞまさしく本書は『一握の砂』の定本と言えるものであろう。
 本書を手に取ると文庫330ページにしてずしりとした重みが感じられる。用紙をあえて厚みのあるものを使用したからのようで、このことも近年の出版事情では敬遠されがちのことだが、『一握の砂』の風合いを出すためには最善のことだったのであろうと理解できた。
 版元は桜出版。岩手県紫波町にある小出版だが、この出版社はこれまでも啄木関係の出版を手がけてきており、本書の出来栄えを見る限り並々ならぬ情熱が感じられたし、いい仕事をしたものだ。このことに感心した。
 また、本書カバーには、不思議な味わいの絵が載せられているのだが、カバー絵は三浦千波画伯だということである。
(桜出版刊)