ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

映画『戦争と女の顔』

(写真1 映画館で配布されていたチラシから引用)

女ならではの悲惨さ
 
 第二次世界大戦終戦直後のレニングラード。壮烈なレニングラード包囲戦を戦い抜いた町は荒廃と化し、病院には帰還兵の姿が増えていた。前線から戻り看護師として働いていたイーヤの回りは傷病兵ばかりで、治る見込みのない重度の兵士には安楽死の注射が施された。
 イーヤは、友だちのマーシャの子を預かって育てていたが、自身のストレス障害から誤って子供を死なせてしまう。
 折から、マーシャが前線から帰還してくる。子供が死んだと知ると、マーシャは子供を欲しがるが、マーシャはすでに子供が産めない身体になっていた。前線で、64人もの男たちの相手をさせられボロボロになって肉体的にも精神的にも追い詰められていた。
 どうしても子供が欲しいマーシャは、イーヤに代わりに子供を産んでくれと頼む。二人は相手を慎重に選び、生理日などを計算して作戦を練る。
 相手は病院の院長。五十歳くらいか。酒を飲ませ強引に性行を迫る。しかし、一発必中とは行かず、作戦は失敗し、イーヤは妊娠できなかった。
 レニングラード包囲戦といえば、苛烈な独ソ戦のなかでも大都市レニングラードが壊滅するかと思われるほどの悲惨な戦争だったのだが、映画では、戦場は写さず、もっぱら市街の様子を徹底して映し出していた。そこには、終戦後のことゆえ、大砲の弾は飛んでこないのだが、それよりも戦争で苦しむ人々があぶり出されていて。このことがこの映画の主題なのであろう。
 映画のなかでは路面電車が走っていた。レニングラードの路面電車網は当時世界最大の規模だった。その後東京のように次々と廃止されていて、私は一度だけだが、10年ほど前にレニングラード(現サンクトペテルブルグ)に行ったことがあって、その折りにはもはや都市部では電車は見かけなくなっていた。地下鉄が取って代わっていたのである。その当時、軍港のあるクロンシュタットの近くまでは走っていた。
 ラストシーンで、イーヤとマーシャは、癒えない心の傷を克服しようと手を取り合っていたことだけが救いだった。
 なお、ノーベル文学賞作家スヴェトラーナ・アレクシェーヴィッチの『戦争は女の顔をしていない』が原案だと宣伝されていたが、これはいかがなものだったか。確かに原作という位置づけではなかったが、原案とも思われなかった。ノーベル賞作家の作品を引き合いに出さなくとも十分に価値のある映画だったのである。
 ロシア映画。カンテミール・バラゴフ監督作品。