ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

今野敏『審議官』

隠蔽捜査9.5

 隠蔽捜査は、キャリア警察官竜崎伸也を主人公とする人気シリーズ。竜崎は警察庁長官官房総務課長から息子の不祥事があって警視庁大森署長に飛ばされていた。官房総務課長はエリート中のエリートで、身分は警視長。対して所轄の署長はせいぜい警視正である。しかし、原理原則を厳守し、何事に対しても自己の考え貫き通す信念があって、署員の信頼は熱かったが、このたび風向きが変わったようで神奈川県警刑事部長に異動になっていた。県警刑事部長は警視長職でありやっとまっとうな地位に戻ったということか。
 本署は、隠蔽捜査シリーズの番外編みたいなもので、短編9編で構成されている。
 長編と違って、かえって、竜崎の考え方、仕事ぶり、対人関係、家族のことなどに加え、もちろん刑事ではないが、事件に対する洞察力、指揮ぶり、現場の尊重のことなども描かれていて興味深い。
 短編で面白いのは、長編ではあまり出てこない家族も登場することがあるからだ。
 本書でも、「内助」で妻の竜崎冴子が出てきたし、「荷物」で息子の邦彦、「選択」で娘の美紀が登場した。
 「内助」では、なんと冴子が事件解決の糸口を口にする。
 竜崎が署長を務める大森署管内で焼死体が発見されたというテレビニュースを見て冴子は妙な既視感を覚えた。いわゆるデジャブである。過去に似たような事件があって、その報道を見聞きしたときに感じたのと同じことを感じた、ということだと冴子は思った。
 火事は大田区内の住宅街で発生、一戸建てが全焼し、失踪していた28歳の女性が遺体で見つかった。
 冴子はもうすこし事件を調べてみることにし、新聞各紙を読んでみた。そして、過去に類似の事件がなかったか、娘の美紀の手を借りてインターネットで調べた。
 すると、〝空き家〟という言葉に既視感は反応していたことを冴子は感じた。空き家で若い女性が殺されていたのだった。
 二つの事件は共通点が多いことに冴子は気づいた。両方とも若い女性を狙った犯罪だし、そして現場は空き家だった。同一犯の犯行とも考えられる。
 それらのことを夫に話すと、あの竜崎が一顧だにしないばかりか、参考にするといって捜査本部に持ち帰っていったのだった。.
(新潮社刊)