ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

唐嘉邦『台北野球倶楽部の殺人』

台湾のミステリー

 これは珍しい台湾のミステリーである。ミステリーの醍醐味とともに、戦前の日本統治下の台湾の鉄道や社会事情が描かれていてまことに興味深い。
 昭和13年10月31日。台北。
 北鉄新店線の終着駅北鉄萬華駅に到着した車内で男が一升瓶をかかえてまま死んでいた。
 捜査に当たったのは、台北南署の刑事李山海と北澤英隆。
 調べによると、男が乗ってきたのは午後11時15分に郡役所前を出たこの日の最終列車。死因は青酸カリ入りの酒を飲んだことによる。男の身元は陳金水。五百元という大金を所持していた。
 一方、11月1日。5時18分高尾着「53」号の車内で、男の死体が発見された。前日の夜に基隆を出発した寝台特急列車。死体は個室で胸を刃物で刺されていた。
 被害者は,台北の藤島興業社長藤島慶三郎で、高雄署刑事課警部石神光男が捜査に当たった。死体は、死後8時間から9時間は経過しているだろうと見られた。
 調べを進めると、殺された二人は共に球見会という野球倶楽部の会員だったとのこと。球見会は台北駅近くの喫茶店で毎週野球談義に興じている野球のファンクラブ。
 球見会のメンバーは7人。大企業の社員が多いのだが、このうち本島人(台湾人)は陳金水ただ一人。7人のうち二人も相前後して殺されたのだから、球見会に関わりがあるのではないかとみるのが自然の流れ。しかし、動機がわからない。
 事件の背景が読めないし、アリバイが強固でなかなか崩れないし、時刻表トリックもある。ミステリーの面白さが詰まっている。
 途中に伏線が張られているのだが、それが物語の終盤で思わぬ展開を見せる。台湾の歴史に関わる悲しい物語である。
 何やら読んでいて松本清張を彷彿とさせた。台湾のミステリー賞の受賞作ということである。
 なお、日本統治時代の台湾の鉄道事情がつまびらかになっていて、そのことも面白かった。昭和12年10月12日現在の台湾鉄道路線図も載っていて、私は、災害のため長期不通になっている阿里山鉄道を除いて台湾の鉄道は全線乗ったことがあるのだが、戦前の台湾の鉄道は随分とたくさんの路線があったのだなと感じ入った次第でもあった。もっとも、短い路線の大半は貨物線のようだが。玉田誠訳。
(文藝春秋刊)