音楽家を目指すヒント
著者川上昌裕は、世界的天才ピアニスト辻井伸行を育てたことで知られる。
そのエピソードが興味深い。
辻井が小学1年、川上がウィーン留学から帰国して間もないころ、初めて彼の自宅で会った際、優れたバランス感覚、正しく鋭敏な音感を持ち合わせていることがわかったという。次の週から正式に始めたレッスンで要求したレベルは最初から高く、少なくとも音大生に要求するレベルと同質のものだったという。
もとより辻井は全盲。楽譜をどのように教えるかが難問。曲のマスターには〝譜読み〟が必須。
川上は辻井に対して、「私は辻井くんに、毎週1本ずつカセットテープに録音するという作業を通して」譜読みを進めていったという。
テープには、「楽譜に書いてある音やリズム、強弱記号やスラーやスタッカートなどのアーティキュレーション記号、ほかにもまだたくさんの記号があるものの、無限にあるわけでないそれらの情報を正しく全部伝えることにしました。このテープ録音を通じて譜読みを進めていったわけです。このテープを渡すために、毎週しっかりと準備するということが私の日課になりました」と。
本書には、音楽家になるための10のヒント、本物を目指すピアノ教育、海外に学ぶ、ピアニストとして生きるなどとあって、音楽家を目指す心得が書かれていて、単なるピアノ好きではない人たちへの教訓が中心となっているのが特徴。
ピアノを演奏する仕事とピアノを教える仕事は、似て非なるものです。この二つの仕事は、まったく違う能力を必要とするとまで書いていて、定めし川上は〝名伯楽〟だったと言うべきであろうか。
(ヤマハミュージック刊)