ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

ドナルド・E・ウェストレイク『ギャンブラーが多すぎる』

巨匠ウェストレイク幻の逸品

 いやはや驚いた。今頃になってウェストレイクの新作が読めるなんてびっくりした。もっとも、本作は1969年の作品で、日本ではこのたび初めて訳されたのだけれど。
 ドナルド・エドウィン・ウェストレイク(1933-2008)は、1960年代から70年代を中心に人気を博したハードボイルド作家。100作を超える作品があり、巨匠と呼ばれた。特に、ドートマンダーシリーズは破天荒な活躍と抱腹絶倒の物語が評判を呼んだほか、リチャード・スターク名義の悪党パーカーシリーズは非情な主人公を描いて多くの読者をつかんだ。
 私も、この二つのシリーズが好きで、ウェストレイク作品の大半を読んできた。
 そこに本書の登場である。書店で見つけていぶかしく思った。今頃新作があるはずもなく、どうやら訳出漏れだったようだ。ウェストレイク作品の大半はハヤカワから出版されてきたが、二大シリーズではなかったから後回しになったものであろう。しかし、翻訳はウェストレイク作品を多数手がけてきた木村二郎でこれはいい。
 イントロが長くなってしまったが、さて、本書である、
 ウェストレイク作品の大半がそうであるように、ここでも舞台はニューヨーク。タクシー運転手のチェットが乗せた客が、チップのかわりに穴馬券を教えてくれた。オッズは23倍だという。半信半疑ながら、ノミ屋のトミーに電話して借りられる上限の35ドルを賭けることにした。
 翌日ラジオを聴くと、かけ馬はなんと1着に入ったという。しかも掛け率は27対1まで跳ね上がっており、借りた金を差し引いても930ドルにもなった。
 夕方、配当金を受け取りにトミーのアパートに出向くと、なんとトミーは血だらけになって殺されていた。ここからがウェストレイクの本領発揮である。
 ギャング団がなんと縄張り争いをしている二組も登場する。ポーカー仲間が5人。コルダーマン刑事。異色はアビー。トミーの妹で、兄の敵討ちにラスベガスから出てきた。美人でスタイル抜群。しかも、カジノで働いており、カードさばきは鮮やか。
 個性的な面々だが、いかにもウェストレイクらしく物語はややこしい。二転三転して驚愕のラストへ。
 それにしても木村二郎の翻訳が絶妙。文体が生き生きとしているし、人物造形もしっかりしている。自宅の住所を尋ねられてクイーンズ区ジャメイカ地区と答える場面が出てくるが、ジャメイカはジャマイカのこと。ニューヨークではジャメイカと発音している。これをジャマイカとせず、ジャメイカと訳したのはニューヨークの事情が色濃く出て秀逸だった。
 とにかくニューヨークの街路がたくさん出てくる。ニューヨークのタクシー制度が面白くて、運転手はタクシー会社から車両を借り出して、任意に営業している。もちろんノルマはあるようだが、随分と自由のようだ。ポーカーや競馬のノミ行為など、普段うかがい知ることのできないことがしっかり書かれていて楽しい。
(新潮文庫)