ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

『探偵の誇り』

推理作家協会賞受賞作家傑作短編集

 70年を超す歴史を有する日本推理作家協会賞。その受賞作のラインナップは、戦後日本のミステリー界の動向そのものだ。
 本書は、その推理作家協会賞受賞作家6人の短編集。
 その顔ぶれがすごい。坂口安吾や横溝正史から高木彬光、陳舜臣、仁木悦子、泡坂妻夫と錚々たるもの。
 受賞作そのものではないが、〝探偵〟というくくりで編んだアンソロジー。
 探偵の職業はまちまちで、泡坂妻夫「天井のトランプ」の大学教師、坂口安吾「正午の殺人」の新聞記者、高木彬光「紫の恐怖」の作家、陳舜臣「崩れた直線」の中華料理人、仁木悦子「暗い日曜日」の音大生、横溝正史「霧の中の女」の探偵金田一耕助と並び、探偵が職業というのは金田一耕助くらいなもの。
 そこで、一つ拾うとすればやはりここは職業探偵が活躍する横溝正史の「霧の中の女」か。
 いかにも横溝らしいオドロオドロした作品で、二つの殺人事件が相次いで行われる。
 一つは、霧の深い晩、銀座の宝飾店で万引きしようとした女を捕まえようとした店員が、店を出たところで女に腹を刺され殺されてしまった事件。盗んだものは指輪にイヤリングくらいなもの。さしたる金額にもならないものですぐに人を殺すなどとは凶暴。ただ、女は頭から首へストールをまきつけ、色眼鏡をかけ、オーバーを着込んでいて、人相風体がはっきりしない。こういう事件は難航すると警察は見ていて、贓品が市場に出てくるのもを待つ以外に算段はないと考えていた。
 二つ目は、向島の待合。離れが五つあって、他人と顔を合わせることなく利用することができ、密会には最適。ここで長谷川という中年の会社重役が腹部を刺されて殺されていた。連れの女は、ストールで頭から首を巻いて、色眼鏡をかけていた。霧も濃かったし女中も顔を覚えていなかった。しかし、現場からは男のズボンとオーバーとくつが無くなっていた。どういう意味なのか。しかも、まくらの下からは、イヤリングの片方が出てきた。第一の事件の贓品である。
 初めの事件から2週間、腹部を刺している手口から、女の身につけているものなどから同一犯の犯行とも思われた。
 捜査に当たっていた等々力警部と金田一耕助は推理を巡らすと、このあと、金田一耕助によって事件の真相と犯人が特定されるのだが、それはいかにも名探偵金田一らしい鮮やかな推理だったのだが、どうも推理に無理があるし、オチが弱いように思われた。
 この時代、ミステリーは〝探偵小説〟と呼ばれたように、探偵が活躍するのがはやりだった。
 しかるに、今日では、探偵はあまり見かけないようになり、刑事ら警察官が活躍する警察小説全盛の時代へと移ってきている。近年、日本で探偵といえば原尞が生み出した沢崎などが思い浮かぶだけでだいぶ少なくなっている。
(双葉文庫)