ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

原田マハ『常設展示室』

絵画と人生が交差する6つの物語

 『楽園のカンヴァス』『暗幕のゲルニカ』『デトロイト美術館の奇跡』の系譜につながる、著者得意の絵画をモチーフにした短編集。
 6編が収められており、ピカソ<盲人の食事>の「群青」、フェルメール<デルフトの眺望>の「デルフトの眺望」、ラファエロ<大公の聖母>の「マドンナ」、ゴッホ<ばら>の「薔薇色の人生」、マティス<豪奢>の「豪奢」など。
 どれも素晴らしい物語ばかりで、よくぞ一枚の絵からこうも豊穣な物語を紡げるものだと感心した。作家とは、誤解を恐れずに書けば、夢想の大家なのではないかと思ってしまう。もっとも、夢想は誰しも思い浮かべることができるが、それを物語にすることは作家にしかできないが。
 6編の中では特に「道」が印象深かった。
 美術評論家の貴田翠。子供の頃からパリやミラノで暮らし、オックスフォード大学院で博士号を取得、帰国して日本芸術大学教授となり、テレビや雑誌への露出も多く、時代の寵児となりつつあった。
 新人芸術家の登竜門とされる新表現芸術大賞の審査会では、翠が気に入った作品は100号ほどの水彩画で、どこにでもある田舎の風景だったが、エントリーナンバー29番のその作品には翠には既視感があり、幼い頃別れた兄の思い出につながっていた。
 翠は、無名のその29番の画家を探して訪ねていくと、そこには感動の結末が待っていた。この作者の物語はいつでもそうだが、涙を流さずには本を閉じられない。
(新潮文庫)