(写真1 作品所収の文藝春秋3月号表紙)
芥川賞受賞作
現代の若者が描かれている。ただし、そこに社会に対する破壊はない。文章にも若者特有の暴力はない。しかし、ちょっとしたことですぐに切れる。これが現代の若者特有というならその通りだ。
自転車便の配達屋として働くサクマ。このごろ都心でよく見かけるが、メッセンジャーと呼ばれているらしいはやりの仕事。そのディテールがくどいほどに描写されている。
しかし、この執拗なディテールの徹底した積み重ねがこの小説の持ち味で、そこに緊張感がもたらされている。
文章はなかなか練り込まれていて、気の利いた表現があちこちに見かけられる。何やら、小説作法教室の添削のようでもあって、若々しい力強さには欠けた。過剰な描写とも言えるかも知れない。
自分の中の自分が邪魔だった。
時間が伸び縮みを繰り返す。自分の内へ内へと思考が下降していく。
サクマは、様々な職業を転々としてきた。いつでも長続きしないし懲りない。甘ったれている。ただし、サクマは反省はするが 人のせいにはしないし、世の中のせいにもしない。
同棲している女が妊娠し、サクマにも切羽詰まったところが出てくる。そのことが暴発し、暴力を振るって刑務所入りになった。この刑務所の描写も微に入り細に入りで、少々くどいくらいだ。
その上で、大学に行っていれば変わっただろうか、自分はこんなところにいるはずじゃない、完全に辞め癖がついた、などと言われれれば甘えるなということになる。
結局、今の日本で、健康な若者であれば、餓死することも、寒さに震えることもないということを教えてくれた。
(文藝春秋3月号所収)