ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

池澤夏樹『また会う日まで』

f:id:shashosha70:20220203154550j:plain

(写真1 テーブルいっぱいに広げた連載531回分の切り抜き)

朝日新聞朝刊連載小説完結

 2020年8月1日から朝日新聞朝刊に連載されてきた池澤夏樹作『また会う日まで』が1月31日付で完結した。1年半に及ぶ連載で、連載回数は531回だった。この連載については第1回から毎日読み続けていて、しかも、毎日切り抜いてきたのだった。連載小説を読むのはいつものことだが、切り抜きをつくったのは初めてだった。
 それで、連載が完結したところで初回から読み返してみた。そうすると、とても滑らかで面白い。何しろ、連載の1日分は、単行本のおよそ1ページ分。単行本を毎日1ページずつに区切って読んでいったのでは滑らかさにも欠け面白味もそがれるというもの。なるほどと思い、いい経験になった。
 主人公は秋吉利雄という実在した人物をモデルにしている。なかなか面白い人物で、ユニークな経歴の持ち主。長崎の出身で、先祖から敬虔なキリスト教徒であり、それでいて海軍兵学校を出た職業軍人。最終的には少将にまで昇った。ただ、海軍では海図制作に携わる水路部に属し、海軍大学校から東京帝国大学理学部で天文学を学んだ博士号を有する科学者でもあった。
 主人公秋吉利雄は、著者池澤夏樹の父方の祖母の兄にあたるとのこと。
 親類縁者を探して話しを聞いて回ったのであろう。また、資料を徹底して読み込んだようで、もとより小説なのだが、まるでノンフィクションの様相だ。池澤の面目躍如とするところではないか。
 エピソードが豊富でそれぞれに面白い。枚挙にいとまがないほどだが、強引に一つ選ぶとすればローソップ島日食観測計画のくだりであったか。昭和9年のこと、東カロリン群島トラック島の南ローソップ島という離島。ここで2分44秒の皆既日食の観測を行うという国家的事業について、水路部の秋吉中佐が牽引役となり、東京天文台や東大など、また米国などの参画を得て行った観測事業だった。
 こういう科学的知見が必要なエピソードを書かせると池澤は俄然本領を発揮する。
 なお、タイトルの『また会う日まで』は、賛美歌の一節であるらしい。
 この連載小説は、いずれ単行本として上梓されるのではないか。そのように期待しているし、単行本化にあたって手を入れる作家は多いが、池澤が連載の原稿にどのように手を入れるのか、そのことの見極めも興味があって切り取りを行ってきたところ。是非比べてみたいものだ。特に、終盤は先を急いだように思えたが、どうだったのか。

f:id:shashosha70:20220203154830j:plain

(写真2 連載小説のタイトル部分)