ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

池澤夏樹『うつくしい列島』

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自然科学紀行エッセイ

 もとより池澤は小説家だが、書評と自然科学に基づいた紀行エッセイは池澤の最も池澤らしい得意の分野ではないか。
 2部から構成されていて、第1部「うつくしい列島」はナショナルジオグラフィック日本版に連載されたものが初出で、第2部「南鳥島時別航路」はJTBから単行本が刊行された。
 まず、第1部のうつくしい列島。出掛けた先がユニーク。一見、有名な観光地のようにも思われるが、視点と観察が科学的。
 日本列島そのものについても、国連加盟国193のうち日本は面積において61番目。つまり、世界には日本より狭い国の方がずっと多いといい、西ヨーロッパ諸国と比べてみれば、日本より広いのはフランス、スペイン、スウェーデンの三つしかないと述べている。これはなかなか気がつかないこと。
 また、日本は領域においても広いということ。普通に人が住んでいるところだけを考えても、東西には納沙布岬から与那国島まで経度にしてほぼ22度50分、南北には稚内から波照間島までおよそ21度30分。
 これを米国本土に重ね合わせてみれば、日本の北端は一番北のメイン州とほぼ同じ緯度に位置し、南はフロリダの南端よりも更に南になる。同じ経度の幅を重ねればニューヨークから中部のカンザス州に至る。つまりアメリカの東から西までのほぼ中点だ。
 それだけの自然の多様性が日本にはある。実面積では米国の4%にすぎないのに、南北には同等、東西も半分に近い。日本には亜寒帯から亜熱帯までが揃っていて、しかも島国だから島ごとにそれぞれの生態系があり、そこにモンスーンが複雑な気候を提供する。
 この豊かさをわれわれは普段どれだけ意識しているだろう?ど問いかけている。
 『理科年表』をたびたび利用しているのも池澤らしいところ。ユキホオジロという鳥はいったいどうやって体温を維持しているのか試みに計算したところ、1時間あたり単三乾電池1本のネルギーが要るという結果がでたといい、1日あたりなら24本、ガソリンでは2.4グラムだが、しかしどうやって燃やすか。それが草の種だと12グラムほど食べれば間に合うと述べている。
 第2部の南鳥島特別航路。この部分については、雑誌『旅』に連載されたときにも、単行本でも、文庫になったときにも読んでいたが、このたびまたまた読み返してみて、やっぱりうらやましい旅だと重ねて思った。
 行き先が、立山砂防ダムだったり、南鳥島だったり、サハリンだったりしている。
 立山砂防百年の計の項では、建設省立山砂防工事事務所の砂防工事専用軌道に乗っている。軌間610ミリ、「これは鉄道ファンが喜びそうな乗り物である」とある通り、鉄道好きの私にしてみれば垂涎ものだ。しかも、この鉄道は18段連続スイッチバックなのである。どんなものか見てみたい乗ってみたいではないか。
 池澤は冒険心が旺盛で、何と貨物船に乗って南鳥島に出掛けている。民間人が住んでいるわけではないから、駐留している気象庁の職員の物資輸送のための船に便乗させてもらったのである。片道80時間、狭い貨物船の船室の生活がどういうものか、実に見事な紀行文なっている。
(河出文庫、2018年11月20日刊)