ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

ローレンス・ブロック『殺し屋』

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アメリカらしい小説

 ケラーを主人公とする10話からなる連作短編集。
 ケラーは、殺しを稼業とするニューヨーカー。マンハッタンの一番街に面し、イーストリヴァーやクイーンズボロ・ブリッジが見えるアパートメントに住んでいる。戦前から建っているアール・デコ風のロビーと係員のいるエレヴェーターつきの高層建築で、部屋は19階にあり寝室は一つだが快適。独身、年齢不詳。スーツを着た押し出しのいい男とある。
 仕事は、ホワイト・プレーンズから連絡が入る。ホワイト・プレーンズはニューヨークの北にあり、ニューヨークきっての高級住宅地として知られる。ハーレムラインの電車で30分ほどであり、近年、日本からのビジネスマンも住むようになった。アパートメントからはタクシーでグランド・セントラル駅まで飛ばして電車に乗る。
 ホワイト・プレーンズでは、トーントンプレースのヴィクトリア朝風の館に住む〝親爺〟から指示が出る。取り次ぐのは秘書のドット。つまり、依頼は親爺が吟味し諾否を決める。それをケラーに回すわけだ。
 とにかく仕事のディテールがきちんと書き込まれているのが魅力。このような仕事が現実にあるのかどうか、殺し屋稼業の実態など我々には知るよしもないのだが、アメリカならと思わせられるリアリティで、読む者を惹きつける。
 彼の仕事に気まぐれは無用だった。会ったこともない男を殺すために千マイルも旅する仕事は、気まぐれで引き受けられるような類いのものではない。
 素人を相手にするときには、遵守すべき鉄則がふたつある。ひとつはプロに徹することだ。もうひとつは、そう、決して素人など相手にしないこと……
 仕事は、事故死と自然死、このふたつがどんな場合においても一番いい。
 しかし、ときにはこういう仕事もある。ポケットから輪にした針金を取り出し、イングルマンの首に巻きつけた。すばやく、静かで、完璧な手口だった。首の骨を折ったこともあった。
 仕事柄、ケラーは全米中を飛び回る。
 ポートランド、デンヴァー、ワイオミング州キャスパー経由マートイングゲイル、シェリダン、ソルトレイクシティ、ラスヴェガス、フィラデルフイラ、オマハ、セントルイス、タルサ、シンシナティ等々。
 旅先ではレンタカーを借り、ドライブインに泊まる。どちらも料金は日程に余裕を持たせて前払い。
 食事は無頓着。ピザハットだったりもする。
 空腹だったので全部たいらげた。味にかかわらず。そして、ここには住みたいとは思わないだろう?と自分につぶやいた。
 仕事の中身は様々だ。これがこの短編の面白味。一編ごとに意外な展開が多くなかなか読み筋通りにはいかない。
 ケラー自身の正体がばれてしまったこともあるし、人ちがいをしてしまったことも。指示されたターゲットのホテルの部屋番号が何と違っていたのだ。すでに一度地元の殺し屋が失敗した仕事というのもある。当然、ターゲットは警戒を強めるから仕事はむずかしくなる。

 それにしても、これはアメリカらしい小説と言えるものかどうか。映画ということでは、ジャン・レノ主演の『レオン』がニューヨークを舞台ににしていたし、パリを舞台にしたアラン・ドロン演じる『サムライ』も孤独な一匹狼の殺し屋を描いて面白かった。
 日本には組織のしがらみを受けないフリーランスの殺し屋を描いたいい映画はないものかと思い起こせば、もう50年以上前にもなるか『狙撃』があった。加山雄三主演という異色のキャストで、スナイパーのディテールが描かれていて印象深い。
 小説では印象深いものがなくてすぐには思い起こせない。中村文則や矢作俊彦あたりが書いてくれたら面白いものになるのではないか。勝手な思い込みだが。
(二見文庫、田口俊樹訳)