ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

千葉市というところ

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(写真1 千葉市発祥につながる千葉神社尊星殿の門)

人口百万の政令指定都市

 千葉に出かけた。何度も訪れているはずなのに、千葉市街中心部を歩くのはほぼ初めてだった。所用でなら千葉駅に降り立ったこともたびたびだったのだが、散策ということもしたことがなかった。
 東京湾に面し、房総半島の付け根に当たり、千葉県中央部に位置する。千葉県の県庁所在地であり、人口百万の政令指定都市である。東京駅から総武線の快速電車で千葉駅までわずかに40分のところ。京葉工業地帯の中核であり、幕張メッセを擁する国際都市でもある。幕張はプロ野球ロッテオリオンズのフランチャイズでもある。中心部には、モノレール路線が敷かれ、いかにも大都市の風格である。
  このように簡単にはまとめられるが、しかし、千葉とはどういうところなのだろう。どのように発展してきたのであろう。城下町なのか、宿場町なのか門前町なのか。徹底して工業都市なのか。観光都市ではなさそうだし。私の認識不足、不勉強のせいだろうが、それにしても顔がはっきりしないのである。

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(写真2 千葉駅東口。モノレール千葉駅に直結している)

 千葉駅。大きな駅だ。乗り入れている路線は、線区上は総武本線と外房線の2路線だけなのだが、運転系統には総武快速線、総武緩行線、成田線、総武本線、外房線、内房線があり、相互直通運転も含めると横須賀線や中央線などと多岐にわたっている。

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(写真3 千葉駅前広場。正面がモノレールで、その奥が駅舎。左は内房線、外房線の高架で、右奥が総武本線の高架)

 千葉駅はちょっと変わった構造。東京方から下ってくると、当駅で総武本線は左にカーブを描き、内房線と外房線は右に向かって行く。つまり、駅全体がY字形になっているわけで、根元に駅ビルがあり、駅前から一直線に千葉駅前大通りが伸びていて、デパートやオフィスビルが並んでいる。
 また、中央口に当たる東口には千葉都市モノレールの千葉駅が直結しており、右隣には京成千葉駅がある。JR千葉と京成千葉は乗換駅として案内されている。大変にぎやかな一帯で、千葉市の表玄関らしい繁華街となっている。

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(写真4 市街を走る懸垂式の千葉モノレール)

 千葉都市モノレール(駅でも車内でも通称の千葉モノレールとだけ案内している)は、千葉みなと駅から千葉駅を経て県庁前駅を結ぶ1号線と、千葉駅から千城台駅間の2号線の2路線。懸垂式を採用しており、全長15.2キロは懸垂式モノレールとしては世界最長。なお、ほかに国内では懸垂式としては湘南モノレールなどがある。

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(写真5 モノレール千葉駅のホーム)

 千葉モノレール千葉駅。ホームは3階に当たり、千葉みなと、県庁前、千城台の各方面行きが発着している。実は、モノレールで二つ以上の路線をまたいで乗り換えができる駅というのは珍しい。
 まずは県庁前行き。2両編成。栄町、葭川公園を経てすぐに終点県庁前。右手に県庁の本庁舎。千葉駅に向けて歩くと、川を渡り東金街道、佐倉街道などと交差する。宿場町だったのであろうか。

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(写真6 榎家の落花生焼)

 やがて葭川公園。千葉市美術館に寄って、さらに進むと、途中に榎家という和菓子屋。落花生焼と表示がある。これは珍しい。千葉は落花生の産地。とくに八街が有名だが、この店はこの八街産の落花生を用いて菓子に仕立てたようだ。落花生を練り込んだ厚手の皮で餡を包んである。ほのかに落花生の味がして風情がある。
 この店の女将に、千葉の見物に来たのだと話したら、千葉神社には寄られましたかと訊く。すぐそばなのだとのこと。栄町も近いのか尋ねたら、栄町は寂しくなって往時のにぎやかさはないとのこと。

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(写真7 千葉神社妙見宮。珍しい二層式の社殿)

 まずは千葉神社。朱塗りが美しい立派な神社である。本殿には妙見の扁額がかけられてある。妙見宮が通称であろうか。
 この一角に、「千葉市と千葉氏」と題する解説の看板があって、それによると、千葉市は平安時代後期の1126年に千葉常胤の父常重が現在の亥鼻地区に本拠を移したことに始まったとしていて、常胤は源頼朝を支え鎌倉幕府成立に貢献した千葉氏中興の祖という。
 安房に逃れてきた頼朝にいち早く常胤が応じたことで関東武士の多くが頼朝に従い幕府成立となったところから千葉氏は有力御家人となり、常胤の所領は「千葉六党」と称された六人の息子が受け継ぎ、一族は全国に広がったとあった。しかし、千葉氏はその内部抗争によって千葉宗家が滅んだようだ。
 明治維新後は、廃藩置県で因幡県と木更津県が合併されて千葉県が誕生するや、千葉市はその県庁所在地となり、現在の発展へとつながったという。

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(写真8 しゃぼんくらぶ、ファッションクラブなどとあって何の店かわからないような風俗店)

 千葉神社からは栄町へ。ここからはすぐ近くて、千葉駅に向かう途中だった。かつては全国に名を馳せた関東でも有数の歓楽街だったが、今では和菓子屋のおばさんが言うようにすっかり寂れてしまって、往時の面影は薄れていた。居酒屋が長屋のように連なり、朝鮮系の店も多い。栄町駅が近づいたらソープランドが目立って多くなった。そのうちの一軒で客引きをしていた若い男に景気はどうかと尋ねたら、「コロナの影響もあってどうしようもない」と憮然としていた。平日の日中のこと、「今は空いているから寄っていかないか、いい女の子もいるし、お話だけでもしていったらいいよ」との誘いだったが丁重に断った。駅の近くには、ホストクラブの立派な建物があった。今やそういう時代なのであろう。
 いずれにしも、街は歯が抜けたように空き地が目立ち、ネオンも咲かない昼日中のこと、化粧を落とした年増女の顔を見ているようで興ざめだった。
 栄町からは千葉みなとへ移動した。千葉駅、市役所前と続きまもなく終点千葉みなと駅。JR京葉線との接続駅で、駅前には団地や戸建て住宅はなくて、ただビルやマンションが建ち並んでいた。埋め立て地だったのかもしれない。遠くに千葉ポートタワーという観光施設が見えた。

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(写真9 千葉県立美術館外観)

 その途中にある千葉県立美術館は歩いて10分だというので訪ねた。立派な建物で、特別の企画展はやっていなくて、コレクション展を見た。石井光楓は地元出身の画家のようだったが<靴屋>は佐伯祐三を彷彿とさせて面白かったし、霜鳥之彦の<緑のスウェーター>と<ロシアの女>はしばらく魅入ってしまう魅力があった。
 この美術館の素晴らしいことは、館内外に展示されている彫刻。30点ほどもあろうか。この中で注目したのは佐藤忠良の<ラップ帽>。少年が耳あてのついた帽子をかぶっている頭像だった。

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(写真10 佐藤忠良<ラップ帽>)

 結局、せいぜい5時間ほど歩いただけのことで何ほどもないのだが、それにしても、当初想像していたように、千葉とはどういうところなのか、顔がわからない、へそがわからないような、片付かないような印象が最後まで残った。