ABABA’s ノート

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奥泉光『死神の棋譜』

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将棋が題材のミステリー

 第六九期将棋名人戦七番勝負、第四局一日目の夜。千駄ヶ谷の将棋会館4階の対局控え室では数人の棋士たちが居残って図式を睨んでいた。
 図式とは、将棋図式つまり詰将棋のことで、その様子を覗いた北沢は、その図式はそうとうに難解そうに見えたが、あるいは不詰めとも思ったのだった。つまり、詰みのない詰将棋ということになる。
 この図式は、夏目三段が持ち込んだもので、夏目は、将棋会館のそばにある鳩森神社将棋堂の戸に突き刺さっていた弓矢を見つけ、結ばれていた矢文が図式だったとのこと。
 会館を出た後、年長の天谷に誘われるままに新宿に出て飲んでいる席で、天谷は北沢にあの図式を見るのは二度目なんだと話し始めた。
 最初にあれを見つけたのは、同門の後輩、十河だったのだと言い、その十河はその後突然奨励会を退会してしまったのだという。
 将棋界では四段になって初めてプロとなる。それまでは奨励会で切磋琢磨し、三段リーグでトップになって初めて四段に昇段できる。しかも、奨励会には年齢制限があって、二六歳までに四段昇段できなければ奨励会を退会しなければならず、プロへの道は閉ざされる。
 天谷も北沢も四段になれなかった口で、奨励会退会後も将棋ライターなどで将棋界と関係を続けている。
 天谷は、将棋図式が再び取り沙汰されるに及んで、図式を求めて動き出す。調べていくうちに棋道会別名魔道会の存在を知る。北海道に本拠を持つ団体で、将棋教とも呼ばれていた。
 天谷の話を受けて北沢も動き出す。とくに、夏尾の妹弟子である玖村女流二段が登場するに及んで、物語に華やかさがみられると同時に、複雑さも増していった。
 図式を見つけた、十河と夏目はいずれも行方不明となって、俄然、ミステリーは濃くなっていく。
 著者奥泉は、将棋に詳しいらしく、将棋界にも通じているようだ。将棋の場面にリアリティがあるし、物語を進める言葉にも、不詰め、無理筋などとあって将棋用語を効果的に多用している。
 登場人物の多くは将棋指しだから、つまり、勝負師としてのその存在には自ずと緊張感がある。天才たちの世界だが、三段から這い上がれなければ、去って行くしかないという苛烈さもある。
 将棋とは、相手の玉を詰ますゲーム。逃げどころのないところまで追い詰めるゲーム。また、詰将棋とは、その最後の場面を切り取ったゲーム。必ず詰むように設計されており、不詰めとはその詰将棋において詰みのない将棋のことで、これは失敗作。
 本作の物語はそうとうに難解で、将棋にたとえれば難曲ということになる。しかも、エピソードの登場が多すぎて、筋を追っていくことが難しくなってくる。
 面白く読んだのだが、不詰めのような読後感だった。
(新潮社刊)