ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

映画『HOKUSAI』

f:id:shashosha70:20210603151717j:plain

(写真1 映画館で配布していたチラシから引用)

描き続けた葛飾北斎の生涯

 『冨嶽三十六景』で知られる江戸後期の浮世絵師、葛飾北斎の生涯が描かれている。激しい人物だったらしく、画狂人生と呼ばれるごとく九十歳と長命ながら波瀾万丈の人生で、権力に抗して自分の絵を貫き通した。
 折から江戸では、浮世絵に対する締め付けが厳しく、版元耕雲堂の蔦重こと蔦屋重三郎はたびたび妨害を受けていたし、美人大首絵で人気絶頂の喜多川歌麿も迫害を受けていた。
 勝川一門から破門された北斎は、蔦重に絵を持ち込むが認めてもらえず、歌麿からは「お前の描く女には色気がない」と悪し様にけなされる始末。折しも、若い東洲斎写楽が役者大首絵で彗星のごとく登場、人気を勝ち取っていた。
 悶々とした焦燥の中で北斎は旅に出る。この放浪の中で北斎は、富士山と波浪という生涯のモチーフになる自分の絵をつかんだのだった。
 自分の絵を持参して再度訪ねた北斎に対し蔦重は、そのころ蔦重は病に伏せっていたのだが、面白い、いい絵だと言って「やっと化けたな」と評価してくれたのだった。このとき、画号も北斎と改めていて、唯一動かない星、北極星から取ったと述べたのだった。
 面白い映画。とくに、北斎を演じる役者が青年期の柳楽優弥から老年期の田中泯に代わって鬼気迫るものとなり、北斎の生涯の厳しさがいっそう浮かび上がってきたのだった。
 北斎は、青年期の放浪と、不自由な足をひきづりながら歩いた晩年の二度にわたる旅で自分の画業を切り拓いてきたようだ。
 ただ、この映画の評価は難しい。物語の運びにきめ細やかさがなかったし、さらにそれを表現する映像に創造力つまり映画言語が弱かった。
 極貧の時代、長屋の様子。なかなか気に入った絵が描けなくて失敗作を丸めて山のように捨てている。しかし、この時代、紙は貴重品。売れない画家が容易に捨てるようなものではなかったはず。
 小説家でも、画家でも、創作に呻吟する様子を表すのに紙を丸める場面が映画でも小説でもよく出てくるが、しかし、紙は描き損じでも丸めてしまわなく、きちんと重ねて取っておいたはず。
 紙を丸めてしまうことの妥当性はなかったはずで、この様子を表現する方法に新しい映像を期待したかった。これではありきたりで新鮮味がなかった。
 また、写楽を登場させたのは面白かった。礼儀正しい絵師という設定だったが、写楽は謎の人物、新しい解釈はなかったものか。あるいは、写楽については作品で実在を語るような工夫はできなかったものか。映画らしい表現方法を見つけて欲しかった。
 この映画については、随分と大きな宣伝が目立った。全国紙に全面広告を打つなどということはこれまでの映画でなかったのではないか。それほどの宣伝量だった。
 しかし、宣伝文句が鼻についた。「心を込めて公開中」などという惹句を見せつけられると、どこか安っぽい居酒屋の呼び込み文句のようで、笑ってしまう。
 いい映画なら、作品自体が喧伝されていくこと。宣伝が多ければ多いほど、売れないサプリメントのようで鼻白んでしまう。
 また、タイトルをHOKUSAIとしたはいかがなものだったか。北斎は、ゴッホやマネにも影響を与えたほどに国際的な浮世絵師。シーボルト事件でも知られるように、早くからヨーロッパで注目されていた。それで、HOKUSAIとしたのではあまりに陳腐。ゴッホやマネはもとよりシーボルト事件にも掘り下げたところはなく、奇をてらったとしか思われない。

 題名にローマ字を用いたということでは、もう十数年前にもなるが、藤田嗣治を描いた映画『FOUJITA』は、タイトルをローマ字としたことに蓋然性があった。必然と言えたかもしれない。監督小栗康平。FOUJITAは藤田のフランス語読みなのだが、戦後、戦争協力者として批判されて追われるごとく日本を去った藤田嗣治を描いてこのタイトルは藤田への挽歌ではなかったか。同時に、狭小な日本人への痛烈な自己批判ではなかったか。
 これに対し、HOKUSAIには、タイトルをローマ字にしたことの必然性を積極的に見いだすことはできなかった。このことのほかにも、表現の自由を貫くとか、絵で世界は変えられるとか、聞き心地の良い言葉だけを並べてはいたものの、そのことを掘り下げた内容にはなっていなかった。監督橋本一。