ABABA’s ノート

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アンソニー・ホロヴィッツ『メインテーマは殺人』

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イギリス伝統のミステリー

 第一級の傑作ミステリーである。
 二つの意味で設定が秀逸だ。一つにはホームズ張りだということ。つまり、ホームズがいてワトソンがいるということ。探偵ホームズ役には、元刑事のダニエル・ホーソーン。ロンドン警視庁の顧問として難事件の捜査に当たっている。また、助手ワトソン役にはアンソニー・ホロヴィッツ。そう、本書の作者自身である。よほどコナン・ドイルに執心していたものと思われる。
 この組み合わせはこの事件が初めてで、ホーソーンからの提案だった。ホーソーンとしてはこの事件捜査を逐一ホロヴィッツに記録させ、ミステリー小説に仕立てさせようというもくろみ。しかも、取り分は五分五分。この配分はホロヴィッツにとっては分が悪そうだが、ホーソーンは強引に押し通した。あくの強さはいかにもホーソーンらしいところで、この先ホロヴィッツはこのことで嫌というほどに思い知らされる。ホロヴィッツとしては自作小説の考証をホーソーンにやってもらったことはあるものの、組んでやったことはこれまでなかった。ホーソーンが指名したということは、あるいはミステリー作家としてホロヴィッツを評価していたのかもしれない。
 秀逸な設定の二つ目は事件の発端。資産家の老婦人ダイアナ・クーパーが、葬儀社コーンウォリス&サンズを訪れて葬儀の手配を依頼する。その依頼の内容が自分自身の葬儀というもの。このごろでは自分自身の葬儀手配もあることで、経営者のロバート・コーンウォリスはすぐに受け付けつけたし、クーパー夫人は詳細な計画書を持参していた。
 ところがあろうことか、「ダイアナ・クーパーによる自分自身の葬儀の手配は、そのまま役立つことになった。まさにその日のうち、ほんの数時間後に、何者かによって殺害されたからだ。」
 この導入部によって我々読者は一気に物語に引き込まれる。
 ホーソーンの捜査は緻密。ただし、ホーソーンの解説は必要最小限。このことで助手ホロヴィッツはいらいらするし悩まされる。しかも、ホロヴィッツに口を挟ませさせない。
 読者にはすべての材料が開陳されている。ただし、それが重要な役割を持っているのか、読者が判断していかなければならない。読み飛ばしていたのではミステリーの醍醐味を自ら薄めているようなもの。ホーソーンは、ホームズに負けず劣らず観察が鋭く重要なヒントを見つけ出していく。そのことに助手ホロヴィッツに限らず読者がついていけるか。
 ホロヴィッツの小説はいつでも高尚で緻密だ。傑作『カササギ殺人事件』によって我々はホロヴィッツが仕掛けた網にひっかかったが、本作も同様で、ペンを握りメモを取りながら読み進む必要がある。
 ホロヴィッツは、テレビの人気ドラマ『刑事フォイル』の脚本も手がけており、我々はホロヴィッツによってイギリスの伝統的なミステリーを堪能できている。

山田蘭訳。