ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

旅情深い釧網本線

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特集 私の好きな鉄道車窓風景10選

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(写真1 車窓からオホーツク海に見える流氷。止別駅付近=2010年2月13日)

夏で良し冬なお良し

 釧網本線は、四季折々に訪ねてとても美しい路線。特に冬がいいし夏もいい。沿線は二つの全く異なる表情を見せていて、上りでも下り列車でも座席は左窓にするか右窓にするか迷うところ。いずれにしろひとり旅が似合うところでもある。
 釧網本線とは、網走駅と東釧路を結ぶ路線で、北海道の東部を南北に貫いている。全線166.2キロ。
 まずは冬の釧網本線に乗ってみよう。流氷が接岸する厳冬期がいい。釧網本線の釧路方はすべての列車が釧路発着である。
 初めて釧網本線に乗ったのは1989年2月25日だった。このときは根室に泊まっていて、早朝に根室を出て釧路発の列車に乗り換えたのだった。釧路駅ホームのそば屋で朝食にそばを食べ、ついでに持参していた魔法瓶に熱湯を注いでもらったことを昨日のことのように覚えている。道中、コーヒーを飲むためで、このためマグカップやインスタントコーヒーを常に携行していた。この頃ではコンビニでも手軽に熱いコーヒーが買えるからその必要もなくなったが。

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(写真2 釧路駅で発車を待つ網走行き5時59分発一番列車=2010年2月13日)

 ここでは、2010年2月13日のノートをひもといてみよう。このときも根室を訪ねていたのだが、とって返して宿は釧路にとっていた。それは釧路発の早朝一番列車に乗りたいからで、釧路5時59分発網走行き。1両のディーゼル列車で、ワンマン運転。車両はキハ54か。朝まだ明け切らぬ気温零下15度という厳寒のなかぶるぶると車体を震わせながら走り出した。
 なぜかくも早朝列車かというと、これはこの時期のこの釧網本線の特有の車窓風景を楽しむためという理由による。
 一つは釧路湿原でタンチョウ(丹頂)を見たいからで、もう一つはオホーツク沿岸に出たところで流氷をとらえたいからに他ならない。しかもこの二つの条件をよく満たすためには早朝が最善なのである。

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(写真3 早朝にもかかわらず乗客の多い網走行き列車=2010年2月13日)

 それで困ったことが一つある。座席を右に陣取るか、左にするかということ。つまり、釧路湿原のあたりは左窓がよく、流氷を見るためには右窓でなければならない。空いていれば左に右に自在に動けるが、案の定この日も早朝にもかかわらずボックスは満席。そこでここでは流氷を主眼において右に座席を確保した。

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(写真4 結氷して霧が発生している釧路川=2010年2月13日)

 釧路を出て10数分後、ちょうど明るくなった頃釧路湿原にさしかかった。ここから細岡、塘路、茅沼と湿原が続く。並行している釧路川が結氷している。霧が川面を覆っている。
 釧路湿原の広大さが感じられるが、この間約15キロ、20分ほどをずうっとデッキに立っていた。左窓の座席を断念したためには仕方がない。
 車室内とは違ってデッキはかなり冷え込むのだが、我慢していた甲斐があった。

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(写真5 茅沼駅付近で見つけたタンチョウ=2010年2月13日)

 茅沼駅に入る直前でタンチョウを見つけたのである。それも駅に到着するので列車が減速していたからよかった。
 頭から首のあたりまでが黒く、羽は真っ白。それがやはり真っ白の雪原に1本足で立っている。鶴の仲間でもタンチョウは最も風情があるのではないか。雪の原野に静かに時間が流れる純白の世界の趣がある。白鳥とも違って独特の風格がある。1羽しかいなかったがしっかりとカメラに収めることができた。
 この先、車窓からは見えないが右に摩周湖と左に屈斜路湖の麓を抜け、川湯温泉を過ぎたあたりから右手に斜里岳が見えてきて、知床斜里8時33分着。ここから釧網本線は網走まで右窓にオホーツク海を見ながら進む。
 ほどなく流氷が見えてきた。海が見渡す限りどこまでも氷で覆われている。圧倒的感動だ。今まさにここでしか見られない景色だ。氷の上を歩いてどこまでも行ってみたいという誘惑にかられた。氷のブロックとブロックが押し合いへし合いしてぎしぎしときしむ音までもが聞こえてくるようだ。
 ただ、列車が進むほどに流氷は岸から離れていっているようだ。この流氷が岸辺近くで見られていたのは次の止別あたりまで。浜小清水、北浜と進むうちに海は青々としてきて、流氷ははるか沖合に離れていったようだった。

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(写真6 流氷砕氷船=2010年2月13日)

 そうこうして網走9時18分着。この後、流氷砕氷船に乗船する計画で予約もしてあったのだが、流氷は離れていってしまっていて、船で沖合まで追いかけていっても遠望するだけだろうというので断念した。
 ところで、北海道の普通列車の車両は窓が二重になっている。もとより寒さを防ぐためだが、その外側の窓ガラスには雪や水滴が凍りつく。こうなると景色が満足に見られなくなるから拭き取ろうとするのだが、これがこびりついてなかなか容易には剥がれない。それで活躍するのが金タワシ。
 これは厳冬期の北海道を度々旅行している経験が生み出した知恵で、金タワシ(台所用のステンレス製が最良)を自分は厳冬期北海道の汽車旅には必需品としている。ところが、このたびは釧網本線でも窓は曇りすらしなかった。
 かつては、釧網本線でも名寄本線でも、列車が停車するとホームに飛び出して金タワシでごりごりやったものだった。この様子を見て、地元の人たちはアイディアに感心するやら、ばかばかしさにあきれるやらしていたものだが、その苦労もなくなった。ありがたいことではあるが、何か張り合いもない。車両の機密性がよくなったせいなのか、あるいは北海道が暖冬化したことによるものなのかどうか。

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(写真7網走駅=2017年7月3日)

 夏の釧網本線は網走から出発しよう。網走から釧路まで乗り通せる列車は日に5本しかない。ここでは始発列車に乗った。網走6時41分発釧路行き普通列車。2番線からの発車で、1両のディーゼル。ワンマン運転。

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(写真8 北浜駅=2006年9月22日)

 発車して間もなく海岸に出た。左窓がオホーツク海である。朝日がまぶしい。車内はまずまず混んでいる。大半が観光客のようだ。

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(写真9 まるで千社札のように名刺などが張られている北浜駅待合室=2006年9月22日)

 16分で北浜。海に最も近い駅として知られ、観光客に人気。ここの待合室にはまるで千社札のようにおびただしいほどの名刺が張られている。どの人も足跡を残したくなるそれほどの旅情を感じさせる駅なのであろう。駅舎内にはカフェもある。

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(写真10 オホーツク海に沿って走る釧網本線釧路行き単行=2017年7月3日)

また、展望デッキもあって写真撮影には格好である。2階建てくらいの高さだが、正面がオホーツク海で、左右に目を転じれば、海沿いに走る釧網本線の鉄路が茫漠とした景色の中に1本の線となっている。二人連れの若い女性が降りた。しかし、ここで下車してしまうと次の釧路行きの列車まで4時間も間があるがどうするのだろう。

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(写真11 花が咲き乱れる原生花園駅。奥は濤沸湖=2017年7月3日)

 次が原生花園。ここも色とりどりの花が咲き乱れていて人気の駅。この列車からは誰も降りなかったが、駅前には数多くの車が駐車されている。北海道旅行は、よほどの鉄道ファンでもない限り自動車が主力である。なお、原生花園駅は5月から10月の期間だけの臨時駅で、ログハウス風の木造のしゃれた駅舎に片面1線のホームがある。
 砂地の丘陵に木道が敷かれていて、6月から8月がハイシーズンなそうで、ちょうど色とりどりの花が咲いていた。その種類は数十種にも上るらしいが、私にわかるのは黄色いエゾキスゲやピンクのハマナスくらい。また、エゾキスゲよりも濃い黄色で赤みがかったのはエゾカンゾウだったか。いずれにしても短い夏の花畑である。
 左窓にばかり目がいきがちだが、右窓に目をやれば地面すれすれに沼が広がっている。濤沸湖である。それが延々10キロほども続いている。つまり、線路は海と湖の狭い間を縫うように走っているということになる。

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(写真12 知床観光の玄関口知床斜里駅。駅舎は新しくなった。=2019年8月6日)

 やがて知床斜里。海岸線はここまで。乗客の大半が下車した。知床観光の玄関口である。この日は天候もよく風もなかったから知床岬を巡る観光船も運航されているのではないか。ここで網走行きの列車と交換が行われていたが、釧網本線はここでオホーツク海と別れ山間へと分け入っていく。

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(写真13 斜里岳=2019年8月6日)

 左窓に斜里岳が遠望できる。1,547メートルあり、日本百名山の一つである。川湯温泉に向けて25‰の登り。摩周で乗降が多かった。大半は地元の人たち。摩周湖は人気の湖だが、〝霧の摩周湖〟と呼ばれるほどに霧に覆われていることが多くて、3度訪ねて2度は霧だった。
 ここから釧路川が右に並行してきた。標茶(しべちゃ)の次ぎに五十石という駅があったはずだがいつの間にか廃駅になっていた。それで次の茅沼までの間が大きく開き、駅間距離が14キロにも広がった。

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(写真14 釧路川ではカヌーを楽しむ姿が見えた=2019年8月6日)

 このあたりから釧路湿原に入っていて、塘路、細岡と茫漠として風景が広がる。夏のこの時分にはカヌーを楽しむ人たちの姿が見えた。塘路の駅前ではカヌーツアーのガイドが客待ちをしていた。また、ここにはユースホステルもあって、北海道旅行を楽しむ若者たちでにぎわっていたものだった。ツアーガイドに聞いたら、ユースホステルは今も営業しているとのこと。
 湿原を抜けると東釧路。根室本線との合流点で、釧網本線はここまでが線区。166.2キロ。ただし、全ての列車は次の釧路が発着。10時00分着。

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(写真15 釧路駅=2017年7月3日)

 釧路は道東の中心となる大きな駅。乗り継ぐ次の列車まで1時間半ほどの間があり、遅い朝食と早い昼食を兼ねて駅前の和商市場へ。釧路随一のマーケットで、観光客の姿が多い。これも釧路名物のような〝勝手丼〟を食べた。まず初めにごはんをどんぶりに購入し、あちこちの店をのぞきながら好きな具を載せていくやり方。私は、イカ、タコ、カンパチ、牡丹エビでどんぶりを作った。新鮮な魚ばかりだからうまい。なお、大好物のシマアジを頼んだら、そんな魚は知らないと素っ気ない返事だった。ところ変われば品変わるということだろうか。あるいは魚はあるのだが、呼び名が違うと言うことも往々にしてある。
 網走から釧路まで通して乗れば約3時間20分の長い鉄道旅。しかし、網走、釧路がそもそも味わい深い町だし、途中には変化に富んだ景観があって素晴らしい路線である。絶景路線として挙げる人は少ないようだが、私には全国で十指に入る魅力的な路線だと思われる。

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(写真16 釧路駅前にある和商市場の様子=2017年7月3日)

路線概要
種類/普通鉄道(在来線・地方交通線)
起点/網走駅
終点/東釧路駅
管轄/北海道旅客鉄道(第一種鉄道事業)
区間(営業キロ)/網走駅-東釧路駅(166.2キロ)
駅数/27駅(起終点駅含む、うち1駅は臨時駅)
軌間/1,067ミリ(狭軌)
複線区間/なし(全線単線)
電化区間/なし(全線非電化)
最高速度/時速80キロ
開業/1924年11月15日(網走本線)、1927年9月15日(釧網線)
全通/1931年9月20日
民営化/1987年4月1日