ABABA’s ノート

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原田マハ『いちまいの絵』

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絵とのドラマティックな出会い
 26枚の絵が取り上げられている。それも単なる作品紹介ではなくて、著者自身のそれぞれの絵との出会いや印象があたかも肉声で語られているし、加えて画家のこと、美術史における位置などについてコンパクトにまとめられており、面白いし読みやすい。また、全作品について巻頭の口絵ページでカラーで図版が紹介されているからとても親しみやすい。
 著者原田マハには、『楽園のカンヴァス』や『ジヴェルニーの食卓』『太陽の棘』『暗幕のゲルニカ』などと絵画にまつわる魅力的な小説が数多いが、本書ではこうした小説のモチーフとなった作品も取り上げられているからなおさら興趣が深かった。
 本書では、原田の絵画遍歴が率直に綴られていて、それもどうやら原田は絵画と対置して呻吟したり感動したりすることがたびたびなようで、本書ではこのような体験も書かれているからいっそう生々しくて興味深い。
 取り上げられている絵は、ピカソ「アヴィニヨンの娘たち」、マネ「バルコニー」、ゴッホ「星月夜」、フェルメール「真珠の耳飾りの少女」などとあり、よく知られた作品が多いが、そうでもないような絵画も含まれていて、これには美術史に重要な位置を占めているような作品が多いようである。
 1枚抜いてみよう。ポール・セザンヌ「セザンヌ夫人」。
 「私の書斎の壁に、長いこと掛けられている一枚の複製画がある。実はそれが、セザンヌの描いた肖像画「セザンヌ夫人」なのである」とし、テート・ギャラリーで開催されていた回顧展を観た折「妙に心に引っ掛かって」買ったものだという。ただ、「展覧会を観て感動するとカタログやポストカードを買って帰るのを常にしている。が、複製画をわざわざ買ったりはしない。それでも、そのときは、なんとなく「セザンヌ夫人」を身近に置いて、毎日眺めてみたくなったのだ」という。
 それは、「セザンヌという画家の神秘と本質が、この絵に隠されているような気がした」からだし、毎日毎日観るともなしに眺めていると、絵の中のセザンヌ夫人の本質がふっと際立ってくるのがわかったとし、「「セザンヌ夫人」の、なんと純朴で、なんと飾らない、なんとしみじみと心に染みいる美しさであることか。そこには、何も持たぬことの潔さ、すがすがしさが表れている。人生におけるほんとうの豊かさとはいったいどういうことなのか、画家から私たち観る側への静かな問いかけがある」と述べている。
 それにしても、本書を読んで最も感心したことは、原田には名画を心に受け止めるドラマティックな感性があり、その体験を表現する言葉があるということだった。
 また、私も美術館で絵画を見て楽しむことはたびたびだが、一枚一枚の絵にもう少し時間をかけてじっくりと作品と対話することが大事だということも学んだのだった。
(集英社新書)