ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

上毛電気鉄道

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(写真1 中央前橋駅に停車中の上毛電鉄列車)
前橋から東へと向かう路線
 群馬県地方の旅。2日目の5月9日は前橋から桐生そして隣の栃木県足利へと東へ向かう計画。
 桐生へはJR両毛線も通じているが、この日は上毛電気鉄道を利用した。
 上毛電気鉄道(通称上電)は、中央前橋駅と西桐生駅を結ぶ全線25.4キロのローカル私鉄。群馬県の中央部から東の端へ向かっている。中央前橋駅は、JR前橋駅とは徒歩で10分ほど離れていて、県庁など市街中心にはやや近い。

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(写真2 上毛電鉄中央前橋駅)
 それで9時45分発の列車に乗ろうと中央前橋駅に駆けつけると、人身事故のため運休中だという。事故は発生したばかりで復旧の見通しはなく、今までの例なら2時間程度かかるのではないかという。
 桐生に行くだけならJR線もある。しかし、このたびは上毛電鉄に乗りたくて出かけてきたこと。それで復旧を待つことにしたのだった。実際、上電は駅数が23と多く、所要時間は約50分でJR線の40分程度を上回るから、沿線に用があるならともかく、桐生に行くことだけが目的ならJR線を選ぶ人が多いのではないか。。
 しばらく前橋市内をぶらぶらして再び中央前橋駅。島式ホームを両側から片面ホームで挟んだような3面2線のホーム。日中は真ん中の島式ホームを使用しているようで両線ともに列車が入っていた。
 12時45分の発車。2両の電車。前橋の市街地を細かく停車していく。駅間距離は1キロに満たないところも少なくない。営業キロ数を駅数で割ると平均してわずかに1.1キロである。
 4つ目、上泉。ホームの案内板に剣聖上泉伊勢守出身地とあり、駅前の神社の鳥居のそばに立像が車窓から見えたが、あれが上泉伊勢守の像だったのだろうか。上泉伊勢守といえば新影流の祖である。
  大胡で運転士が交代した。また、列車の交換も行われた。上電は全線単線である。この駅には貨車が2両留置されていた。霞んでいてはっきりとは見えにくいが赤城山であろうか、山系が左窓に遠望できた。
 この列車は自転車の車内持込が許されているようだ。ごく普通に自転車を持ち込み降りていく人の姿が何度か目撃できた。なお、自転車は2両編成の後部車両に持ち込めという案内となっていた。
 赤城。東武桐生線の接続駅で、ここから特急りょうもう号が浅草に向けて出ている。
 赤城を出たら複線になった。妙だなと思っていたが、東武線が並行していたのだった。次の桐生球場前駅まで一駅分続いた。
 そうこうして終点西桐生13時37分着。ダイヤは正常になっていた。降り立ったのはわずかに2人だけだった。西桐生駅は1面2線の小さなホームがあるだけだが、なかなか趣きのある駅舎だ。洋風建築で、マンサード屋根というらしい建物だった。
 なお、この日はここから歩いて10分ほどのところにある大川美術館を見学した後は、JR両毛線で足利へと向かう計画だった。ここから両毛線の桐生駅までは歩いて5分ほどのところなのだが、上電の遅延によって計画が狂ってしまったし、足利へと足を伸ばす計画は放棄して赤城まで戻って東武線で帰宅の途につくこととした。
 それで、赤城から特急りょうもう号に乗車したところ、館林まで来たところで、この先で人身事故が発生したためこの列車は運転を中止することになったとのこと。何のことはない1日に2度も人身事故に遭って旅程が大幅に狂ってしまった。随分と鉄道で旅をしているからいろんな場面に遭遇はしているが、こんなことも珍しいことではあった。

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(写真3 上毛電鉄の終点西桐生駅外観)