ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

映画『彼らが本気で編むときは、』

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(写真1 映画館で配布されていたパンフレットから引用)
荻上直子 第二章
 荻上直子の脚本・監督作品。
 『かもめ食堂』や『めがね』などと楽しんできたこれまでの荻上作品とはまったく作風が違っていた。それに、荻上作品に常連の小林聡美や、もたいまさこなども出演していなかったし。荻上自身、「荻上直子第二章」と位置づけているらしい。
 テーマは、ずばりLGBT。性の多様性という今日的状況を真正面からとらえているし、新しい文化を切り拓いている。これまでの作品ではテーマを深く静かに水面下にとどめる傾向にあったが、本作ではテーマを前面に打ち出しこの点でも珍しい変化だった。はっきりとした社会派映画である。
 主人公は、介護士をしているリンコ。性同一性障害があってトランスジェンダーとなった。一緒に暮らしているのは夫のマキオ。書店員である。この生活にトモという11歳の女の子が入ってくる。母親が養育を放棄して出て行ってしまい、叔父の家に転がり込んできたのだった。
 リンコの作る食事は盛りだくさん。これまでコンビニのおにぎりしか与えられていなかったトモにしてみればとても新鮮。その上、ほほえましい弁当までも作ってくれたのである。
 なお、豊かな食事は、これまでの荻上作品においても重要な場面構成となっていたが、このことはこの映画でも踏襲されており、この点だけは変わっていなかった。
 リンコは始終毛糸を編んでいる。これがモチーフとなっており、トモもリンコから編み方を教わる。リンコはトモに、耐えがたいことや悔しいことがあったら編み物をして気を紛らわすのだと教える。ついにはマキオもトモから教わって編み物を始める。
 リンコを演じた生田斗真が良かった。難しい役作りだったと思うが、優しさやトランスジェンダーとしての悩みが内面からにじみ出ている好演だった。特に女らしい仕草にわざとらしく誇張したところがなく、あくまでも自然だったことに好感を持った。
 マキオを演じた桐谷健太の存在感も素晴らしかった。こういう風にトランスジェンダーと暮らせるものなのかと感心したし、トモを演じた少女は実に達者で作品にリアリティを与えた。世間の偏見に対し強い憤りを見せるトモの姿は新しい時代を予見させた。結局、この三人の配役がこの映画の成功を決定づけた。
 リンコはトモを娘のように可愛がり、トモもリンコにこれまで得られなかった母の愛情を感じ、マキオ共々トモを養女にもらい受けたいと願い始めていた矢先、トモの母親が突然帰ってくる。
 ここから映画はエンディングに向かうのだが、トモを養女にくれとトモの母親に懇願するリンコとマキオ、子供を産めもしない、ましてや元は男だった者に娘を育てられるものかとなじるトモの母親。
 ここでトモがとった行動は、映画の隠しテーマでもあったのだが、私には実に難解な場面だったように受け止められた。
 荻上が描いたものと、私が咄嗟に想定したものとではトモの行動はまったく別のものだったからでもあるが、映画としては誤解を招きやすいきわどい場面で、一歩誤ると映画を陳腐化しかねないし、他方、映画を見ていた大方の女性には安堵を与えたのではなかったか。
 私には、それよりも、LGBTと実の親子との問題を同時に扱うことの困難さを突きつけられたようにも思われた。