ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

山下澄人『しんせかい』

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芥川賞受賞作
 今期の芥川賞受賞作である。
 倉本聰が主宰する富良野塾とおぼしきところが舞台で、【谷】と表現されている。主人公は著者自身とおぼしく、【谷】ではスミトと呼ばれている。
 スミトは去年高校を出たばかり。ふと手にした新聞に二期生募集とあり、俳優と脚本家募集のうち俳優志望で応募したら合格した。脚本家とは何かも、【谷】で【先生】と呼ばれている主宰者の名前すらもしならなかった。ただ、「生まれ育った土地から遠く離れたとこにあるというのと、入学金や授業料が一切かからないというのに引かれて」入った。
 【谷】での生活は、塾の施設の建設がまずある。一期生が造った稽古場や宿舎棟などはできているがまだまだ足りない。丸太の手作りである。ほかに農繁期になると近隣の農家の手伝いがある。これで生活費を稼いでいる。足りない大半は【先生】が出している。
 こうした生活が淡々と描かれている。面白いのはその文体。一つ抜き出してみよう。以下は高校の同級生だった女から来た葉書への返事。

元気。まださむい。桜とかまだ。勉強はまだ。もうすぐ入所式とかあって授業はたぶんそのあと。授業は週に一回か十日に一回ぐらいらしい。あとは毎日丸太小屋作る作業。丸太小屋とかはじめて見た。来てからまだ一日も休みない。馬まだ来てない。しゃべってる。しんどい。ねむたい。
 こんな調子。できの悪い若者そのもの。この調子がずっと続く。つまり、主人公の視点に揺るぎがなく、飾ったところもない。このことにまずは感心した。また、なかな新鮮な文体ではある。これは大事。計算尽くではあっても。

 しかし、それ以上でもなく、これが現代だといえば言えるのだろうが、できの悪い若者の作文読んでいるようなもので、面白さも感動もなかった。

 また、青春小説といえるものかどうか。そんなたいそうなものでもないが、庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』や芦原すなお『青春デンデケデケデケ』といった青春小説の系譜に入れてはどちらにもかわいそうだとは思った。

(『文藝春秋』三月号所収)