ABABA’s ノート

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池澤夏樹『知の仕事術』

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現代版知的生産の技術
 「情報」、「知識」、「思想」について、これらをいかにして獲得し、日々更新していくか、かつて学んで得た知識をいかにアップデートしていくか、現代を知力で生きていくスキルを整理してみたというのが本書。
 かつて、梅棹忠夫の『知的生産の技術』というベストセラーがあって、スマートなインテリになりたいと願った学生たちは貪るように読んだものだったが、本書は現代版知的生産の技術であり最良の手引き書だ。
 とにかく事例が具体的で、そこには池澤のノウハウが示されているし、何よりも、これまであまり明らかにされてこなかった池澤自身の知の仕事術が公開されていて大変興味深かった。
 それは、新聞の活用、本の探しかた、書店の使いかた、本の読みかた、モノとしての本の扱いかた、本の手放しかたから、時間管理法や、取材現場の様子、アイディアの整理と書く技術などにまで及んでいる。
 いくつか拾ってみよう。
 「読書とは、その本の内容を、自分の頭に移していく営みだ。きちんと読んだ本はその先、自分が物を考えるときに必ず役に立つ」ことで、「自分なりの世界図を自分の中に構築するためには必要なこと」
 興味深かったのは、本の手放しかたというコーナー。ストックの読書とフローの読書という展開で、どうやら池澤は蔵書量というものにあまり頓着がないようで、「長編小説を書くために集めた参考書は、書き終わったらだいたい手放すことにしている」というし、書棚自体も半年ごとに中味を更新しているとのこと。池澤はこれをキャッチ・アンド・リリースと呼んでいて、放出された本が新しい読者を得て活用されていくことが肝要だとしている。
 蔵書量にこだわらないのは池澤は作家としては珍しい存在かもしれないが、私も少ないながらもそれなりに蔵書の整理には腐心していて、増加する一方の蔵書をどういう決意で処分するか、大いなる参考となることだった。
 そう言えば、司馬遼太郎は死後司馬遼太郎記念館が建てられたが、そこを見学して唖然としたことがあった。10万冊といわれる蔵書が記念館の2階分をぶち抜いた内壁の装飾に使われていたのだった。それは圧巻ではあったのだが、館員に尋ねると、貸し出しも閲覧も一切お断りとのことで、これは壮大な死蔵だなと呆然としたものだった。
 もう一つ、資料のファイリングについて。池澤はA4判の文書が入る普通の茶封筒を使っているとのこと。これは大変便利なもので、私も30年来使用している。とにかく廉価なコストでファイリングシステムが構築できるのが魅力で、私の経験上のポイントは、インデックスに凝りすぎないこと。細分化しすぎず、大きすぎる分類も使い勝手を悪くする。これは袋ファイルシステムと呼ばれているもので、私は山根一眞『スーパー書斎の仕事術』で知った。
(インターナショナル新書)