ABABA’s ノート

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映画『マイルス・アヘッド』

 

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(写真1 映画館に掲示されていたポスター)
マイルス・デイヴィス空白の5年間
 マイルス・デイヴィス(1926-1991)とは、アメリカのジャズトランペット奏者。ファンの間ではジャズの帝王などと呼ばれている。たびたび来日しており日本でも今なおファンが多い。
 映画は、このマイルスがアメリカのジャズ界から遠ざかっていた空白の5年間に焦点を絞って描かれている。マイルスを演じたドン・チードルの監督・主演。
 この映画のポイントは三つ。
 一つは、全編にマイルスの音楽が流れていて堪能できること。マイルスファンならずともジャズファンなら楽しめるのではないか。専門家ではないから判断つきかねたが、音源はマイルス固有のものではないかと思われた。それほど素晴らしい演奏でリアリティがあった。
 とにかく、冒頭からして「オータム・リーヴス」(枯葉)が演奏されたのにはうれしくなった。おそらくこの曲はマイルスの代表曲であろう。ミュート(弱音器)を多用し、脳天をつんざくようなマイルスの演奏がきちんと表現されていたし、テナーサックスのジョン・コルトレーンの名も出てきてわくわくした。
 それに、ライヴのシーンではハービー・ハンコックといった名プレーヤーが自身で登場している豪華さだった。
 二つには、マイルス語録がふんだんにちりばめられていること。マイルスは一流の表現者なのだが、マイルスの人生観、ジャズへの考え方がわかって興味深くも面白い。幾つかピックアップしてみよう。
 空白から復帰して「ジャズをやらないか」と持ちかけられると、「勝手にくくるな。(俺の音楽は)ソーシャルミュージックだ」と主張する。
 マイルスはこの映画の題名となっている通り前に進まなければ気が済まないタイプ。二番煎じを最も嫌っていて、マイルスの評価を決定づけた名盤「カインド・オブ・ブルー」に対してすら「(今となっては)失敗作だ」と片付ける始末。「進歩のないやつはクズだ」とまで言っている。
 映画の大きなエピソードの一つにマイルスの録音テープが盗まれる場面があるのだが、ここで示したマイルスのテープへの執着がすごい。周りの者はまた作ればいいじゃないかというが、マイルスは「あれは俺の音だ」といってどこまでも追求する。
 三つ目は、主演もしたチードルの初監督らしいが、映画としてよくできているしとにかく面白いこと。2時間弱の上映でおよそ緩むということがなかった。空白の5年を挟んで過去と現在が錯綜するのだが、そのシーンのつなぎが秀逸。マイルスの曲に合っているしスピード感があっておよそ飽きさせない。マイルスファンやジャズファンならずとも映画ファンとしても興趣がつきないのではないか。
 そしてさらに付け加えれば、挿入されるエピソードが興味深い。練習風景の場面があって、マイルス自身は日頃即興こそが命だといっているが、この場面を見る限りマイルスは緻密で、一つひとつの音を徹底して厳密に押さえていた。
 また、マイルスを演じたチードルは、まるでドキュメンタリーかと思わせるほどの存在感があった。名演である。
 なお、この映画を私は暮れも押し迫った昨年12月29日に日比谷シャンテで見たのだが、朝10時の開演を前に長い列ができていて、満席に近い状態だった。観客は男の中高年が多いようで、根強いファンに支えられているように思われた。
 それにしては、12月23日に封切られたこの映画の上映館は、全国でもここ日比谷1館のみというのは解せなかった。そもそもこの映画は2015年のアメリカ映画だが、日本での公開に1年も間があったのはどういうことなのだろう。マイルス・デイヴィスなんて誰も知らないよとでも判断したものなのかどうか。映画としても面白かったのに。