ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

新村苑子『蜜の味』

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「北方文学」所収
 不思議な魅力がある。新潟の方言で書かれていて必ずしも読みやすくはないのだが、読み出したら止まらなかった。
 駐在所から急ぎの呼び出しがありキクエが出向くと、次男光雄に似た死体が東京で見つかったので検分に行ってくれというのだった。
 キクエは、夫梅吉と長男元雄との三人の極貧の暮らし。キクエは町の医院で雑用係をしているが、梅吉は大酒飲みで乱暴者、元雄は発達障害があり家でごろごろしている。三男春男は中学を卒業するや家を飛び出したきり。
 光雄だけが兄弟の中でまともで、中学を出て鍛冶屋に勤めていたが、ある日その勤め先を突然辞めたまま行方不明になって13年になっていた。
 巡査の言うことに対しキクエは、「死んでたんだば、おら家の光雄ではありませんてばね」、「東京! 東京てや、汽車に乗って来、あの東京ですかね? そうせば、おら家の光雄ではありませんてばね」と認めたがらなかったのだが、渋々翌早朝出かけることに。
 ミステリー風に始まった物語はここで大きく転回する。それは、まるで悪い夢を喰うという獏のような話だ。前段の物語と、後段の物語との繋がりに苦労するが、前段では隠れていたエピソードが後段になって明かされたりするし、人生の深淵をのぞき込むような不思議さだった。
 本作は、「北方文学」74号(2016年12月玄文社刊)に載っていたもの。この雑誌は新潟県で発行されている文学同人誌で、友人がその同人であるところから毎号読ませてもらっている。
 著者の新村さんは活発な創作活動を続けているようで、すでに『葦辺の母子』と題する単行本も上梓している。同書は新潟水俣病短編小説集との副題が付いており、新潟弁で書かれた苦海浄土だということである。
 本作は、原稿換算で約110枚とやや長めの短篇。力強い土着性を感じる。そういう意味では村田喜代子を連想させるが、村田と違うところはユーモアに弱いこと。土着すなわちユーモアということでは決してないが、この差は何なのだろうか。題材のせいか、北部九州と新潟との地域のなせるところか。ただ、新潟の方言にはユーモアが感じられたのだが。また、『家守綺譚』の梨木香歩、さらに内田百閒にも連想が伸びたと書くと展開のしすぎだろうか。
 なお、強いて付け加えれば、読むに、ところどころ小説としての滑らかさに苦労するところがあった。
(「北方文学」74号所収)