ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

マイケル・ロボサム『生か、死か』

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第1級のミステリー
 10年の刑で服役中のオーディー・パーマーは、明日には刑期満了で釈放されるという出所前夜脱獄する。なぜ男はたった1日を待てなかったのか。男に何が起きたのか。このただ一点の非常なる謎を秘めて物語は進む。これほどショッキングな書き出しのミステリーを私は他に知らない。
 オーディーの犯した罪は、現金輸送車を襲撃し700万ドルを強奪したというもの。オーディーは共犯とされた。またこの事件では銃撃戦で4人が死亡している。
 オーディーも頭に銃弾をくらい重傷を負ったが奇跡的に一命を取り留めた。オーディーは起訴状を認めそれで下った判決がわずか10年。死罪に相当するのに不当に量刑が軽いと非難の声が上がったほどだった。また、700万ドルの現金は発見されておらず、オーディーはたった一人のありかを知る男となっていた。
 脱獄したオーディーは追跡を逃れながら誰かを捜し求めている。この逃亡劇がはなはだスリリングでこの物語の一つの魅力。オーディーが探しているのは誰か、そして何か。この劇中にオーディーの素顔が明かされていく。
 オーディーの逃亡に二人の登場人物が密接に関わっていく。一人はモス。オーディーは服役中、囚人ばかりか刑務官に至るまで徹底した迫害を受けるのだが、ただ一人友人と呼べるのは隣の房のモスで、かろうじて意思の疎通があった。モスは寡黙で孤高に生きるオーディーに一目置いていたのだった。
 このモスが、オーディーが脱獄するや、謎の男たちに刑務所外に連れ出され、オーディーを探せと命じられる。オーディーを見つけたらモスを開放してやるというのだが、そんなことができるのはよほどの権力者だろう。
 もう一人がFBI特別捜査官のデジレー・ファーネス。小学生程度の身長しかない女性だが、未解決事件として700万ドルの行方を追っているうちに、事件全体への疑念が浮かび上がってくる。
 オーディーにモス、デジレーの個性的な二人が絡むことで物語は重層的になっていく。とくに3人がそれぞれの視点で事件を追いかけていくと物語がいっそう魅力的になっていくのだった。
 とにかくディテールがしっかりしているから、その精緻な組み立てをじっくりと楽しみながら、時にふと現れる齟齬をきちんとキャッチしながら読み進むと、なぜ、オーディーは出所前夜に脱獄しなければならなかったのか、驚愕のラストが待っている。
 そして、エピローグで、オーディーが戻った刑務所から本当に出所するその場面で「荒くれた服役生活を送る荒くれた男たちが立ち上がり、拍手をしている。その音が波のようにスリー・リバーズ刑務所じゅうにひろがって、遠くの房にも届き、受刑者たちが鉄格子に缶を叩きつけたり、脚を踏みならしたり、オーディーの名前を叫んだりしている」とあって、受刑者たちもオーディーに敬意を表し、出所を祝っていることがわかっていい読後感になるのだった。
(越前敏弥訳、ハヤカワポケットミステリー)