(写真1 映画のパンフレット)
原作ジョン・ル・カレ
モロッコに休暇で来ていたロンドンの大学教授のペリーと弁護士のゲイル夫妻に家族とバカンスに来ていたロシア人のディマが接触してくる。
ペリーはディマからUSBメモリースティックを渡されロンドンに帰ったらイギリス諜報部MI6に取り次ぐよう託される。ディマはロシアマフィアでマネーロンダリングを担当していたが、組織内の地位が危ういものとなってきていた。
当初関わりを固持していたペリーだったが、ディマの家族を助けるためという熱意とUSBを渡すだけという説得にあって結局協力することに。
ロンドンでペリーに対応してきたMI6はヘクターのグループ。ペリーはヘクターにUSBを渡す際にディマから言付かったことは、USBにはロシアマフィアの資金の流れが記録されており、家族共々イギリスに亡命したいということだった。
しかも、USBにはイギリスの政府高官やMI6のOBまで名を連ねているとしていたが、ヘクターはUSBを解析するとデータは不完全であることがわかった。その旨ペリーが取り次ぐと、ディマは家族が亡命できたら完全なものを渡すと主張する。
こうしてペリーとゲイルはスパイ事件に巻き込まれていく。裏切りを察知したロシアマフィアの追求が厳しくなるし、MI6内部の抗争も激しくなってくる。
映画はとにかくサスペンスフル。たたみかけるような演出がよくて手に汗を握らせ109分の間息も切らせず、一度も緩むことなく一気に進む。
モスクワ、モロッコ、パリ、スイスアルプスなどと舞台は動き、映像は自然や都会の美しい風景を伝えているのだがそれを楽しむ情緒すら許さない。
イギリス映画だが、スパイものはやはりイギリスに一日の長があるようで、連続する緊張感や糸を紡ぐような人間関係といったスパイ映画の醍醐味が詰まっている。監督はスザンナ・ホワイト。女性監督だが、感心するほどに歯切れがよい。
配役ではディマを演じたステラン・スカルスガルドが断然よかった。スエーデンの名優で『ドラゴンタトーの女』が印象深いが、本作でもマフィアを演じる強さと家族への愛情を好演していた。
原作はジョン・ル・カレの同名小説。池澤夏樹をして「ディケンズ以来の正当イギリス小説」と言わしめた傑作だが、映画は原作とは違うところが幾つかあった。もちろん映画は原作と同じである必要はまったくないのだが、小説の読みにくさは弱まって映画はとてもわかりやすくなっていた。
ただ、原作ではジョン・ル・カレが、いかにもジョン・ル・カレらしく単行本500ページを費やした細微な物語の印象はやや薄くなっていた。
ところで、冒頭のロシアマフィアの会合の席でディマに手渡された象牙彫りの銃把をした美しいピストルがラストシーンでとんでもないどんでん返しとなっていたと書くとネタバレの蛇足であろうか。
それと、映画が終わり館内が明るくなって、ところで題名にある背きし者(原題でTRAITOR)つまり裏切り者とはいったい誰のことだったのだろうなとつまらぬことを考えさせられていた。