ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

映画『ブルックリン』

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(写真1=映画館で配布されていたパンフレットから引用)

独特のアイデンティティ

 ラストシーンがいい。万感の思いが募って幸せになれる。これほど素直に主人公に拍手を送りたくなった映画も珍しい。
 アイルランドからアメリカに渡ったエイリシュ。母を残し家族から離れることに躊躇もあったが、最愛の姉が背中を押してくれた。姉も渡米したかっただろうに。
 ニューヨークに上陸して最初に見たものはブルックリン橋だった。ブルックリンにはエイリシュを迎えてくれるアイルランド人相手の女子寮があり、紹介してくれる仕事があった。
 そう言えば、入国審査の男が、エイリシュをアイルランド人と見るや「ブルックリンに行くのかい?」と声を掛けていて、なぜわかったのかとエイリシュが不思議に思うシーンがあったが、それほどにアイルランド人にはブルックリンに向かった者が多かった。
 デパートの店員となったエイリシュだったが、初め、アイルランド訛りが抜けず、ホームシックにかかっていた。大学の夜間で会計を学ぶようになり、次第に洗練されて美しくなっていく。
 そんな折、エイリシュは、貧しいイタリア移民の息子トニーと恋に落ちる。トニーは「アイルランド人は嫌いではない」といってエイリシュを口説く。トニーは配管工なのだが、結婚したらロングアイランドに家を建て、会社を作るのだと夢を語る。
 この物語は1950年代を描いているが、ここまではいかにもアメリカの物語である。若者が向学心に燃え、将来に意欲を持ち、恋をし家庭を築いていく。
 ところが、姉の急逝が知らされる。アイルランドに帰ると、アメリカ風の派手な服装のエイリシュに眉をひそめる。母はそのままアイルランドに残ることを期待し、周囲もそういう目で見守る。裕福な家庭の息子が交際相手に紹介される。
 希望はあるが厳しい生活が予想されるアメリカを選ぶのか、古い因習は残るものの安定した生活のアイルランドを選ぶのか、択一を迫られるエイリシュ。どのような決断をしたのか、ラストシーンへとつながっていく。
 帰りの船で、初めて渡米する娘に尋ねられたエイリシュが、アメリカは大きな国で、ブルックリンはアイルランド人にとってふるさとみたいなところだと語っていたのが印象的だった。また、いつか太陽は昇るとも。アメリカとはそういう国だということだろう。
 ブルックリンは、イーストリバーを挟んでマンハッタンの対岸にあり、何本もの地下鉄が結んでいるし、ブルックリン橋が最南端を渡っている。ブルックリン橋のたもと、ブルックリンハイツからは対岸に浮かぶ摩天楼を望むことができる。
 私は、このブルックリン側から眺める摩天楼の景色が好きで何度か足を運んだが、ブルックリンに渡るとマンハッタンとは微妙に風景の違うことに気づかされたのだが、この映画が描くような独特のアイデンティティがあったのだった。
 エイリシュを演じた主演のシアーシャ・ローナンが可愛らしく、しかもたくましくいい女に成長していく姿が印象的だった。エイリシュはこの作品でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。監督はジョン・クローリー。