(写真1=日本三大車窓の一つ肥薩線のハイライト)
絶景車窓が続くえびの高原線
九州を鉄道で巡る岬への旅。2日目に大分県の二つの岬を訪ねた後、その日は宮崎に泊まり、さらに翌日は吉都線、肥薩線、鹿児島本線、長崎本線と乗り継いで長崎へと向かった。途中、寄り道もしたからでもあるが、大半が鈍行ばかりで延々12時間にも及ぶ列車の旅だった。
このうち、吉都線とは、日豊本線の都城駅から肥薩線の吉松駅に至る路線で、全線61.6キロのローカル線。
また、肥薩線は、鹿児島本線の八代駅から日豊本線の隼人駅に至る路線で、全線は124.2キロ。
肥薩線のうち、吉松駅から人吉駅間が矢岳越えとして鉄道ファンに人気の区間で、都城から八代まで吉都線と肥薩線を結ぶ区間は「えびの高原線」の愛称がつけられている。二つの線区にまたがって一つの愛称でくくられている路線も珍しい。
7月24日、宮崎5時38分発鹿児島中央行き。2両の電車ワンマン運転、2番線からの発車。宮崎駅はちょっと変わった構造をしていて、下り1・2番線ホームと上り3・4番線ホームとは改札内に連絡通路はなく結ばれていなくて、それぞれのホームごとに改札が設けられている。
日曜の早朝だし乗客はまばら。都城6時33分着2番線。ここで吉都線に乗り換え。5番線から6時37分の発車。2両のディーゼルワンマン。面白い運行形態で吉松経由隼人行きである。ここは都城だし行き先表示の隼人行きだけで判断すると躊躇する。
発車して少しすると山中へと分け入るように進む。小林7時25分着。小林盆地の中心にあり沿線随一の駅で、ここで上り列車と交換。沿線には田んぼが多い。稲は30センチほどにも生長して青々としている。小林は高校駅伝でなじみ深い。日曜なのに上り下り両列車から多くの高校生が下車したが、きっとスポーツが盛んなのであろう。
7時37分に発車すると、左窓に霧島山が見えてきた。大きな山容で、高千穂峰など多くの峰からなる連山である。列車は、この霧島山を東から北へとぐるっと回り込むように進む。ただ、山頂付近には雲がかかっていて全容は望めない。私はこの路線を通るのはこれで4度目だが、霧島山の頂を見たことは一度もない。
(写真2=吉都線と肥薩線が接続する吉松駅。鉄道の要衝である)
そうこうして吉松8時13分の到着。3番線。ここで肥薩線の上りに乗り換え。古くから鉄道の要衝で、駅前にはC55形蒸気機関車が展示されてあった。運転台には上れるようになっていて、その狭さにはびっくりした。また、駅前には吉松駅前温泉という立ち寄り湯があった。源泉掛け流し、入浴料250円とあったし、ひとっ風呂浴びたかったが、まだ旅は始まったばかりだし我慢した。
9時06分2番線からの発車。初めに「1両運転のワンマン列車です。車掌は乗務しておりません」と車内アナウンス。放送はJR九州おなじみの女性で、やさしい声に旅が和らぐ。
さあ、いよいよ肥薩線のハイライト矢岳越えである。私はこの矢岳越えを人吉側からは4度も乗ったことがあるのだが、吉松側からはこれが初めて。大いに期待も高まろうというもの。
吉松を出てすぐに登坂にかかる。25‰はあろうか、みるみるえびの高原が眼下へと遠ざかっていく。
ほどなく真幸(まさき)でスイッチバック駅。吉松側から入線していくとまずはホームに入り、発車するとスイッチバックで離れていくという具合だった。この間、駅舎で土産物を売っている人たちがいつまでも手を振ってくれていた。なお、真幸駅のホームには「幸せの鐘」があって観光客に人気である。
続いて長いトンネルを抜けると矢岳(やたけ)。この手前が霧島連山とえびの高原を一望にする絶景区間で、日本三大車窓の一つに数えられている。矢岳はこの路線の最高地点で、人吉との標高差は430メートルもある。ここを今回は下っていく。
次が大畑(おこば)で、矢岳からはここはループで入っていくのだが、うっかり見逃したのかはっきりとはそれとわからなかった。やはりここは登りとなる人吉側から来た方がいいようだ。
ここもスイッチバック駅で、スイッチバック駅が二つもあり、ループもあり、車窓も絶景であるということからかねて鉄道ファンに人気のある路線だった。ただ、この日の列車も乗客はほんの数人だった。それでもJR九州の掘り起こしによって近年は観光列車まで走らせているほどだ。
そうこうして人吉10時03分の到着。肥薩線はこの先八代へと続くが、この人吉-八代間は右窓に急流球磨川が続くこれもなかなかの景観区間である。
なお、肥薩線は鹿児島本線に八代-鹿児島間が開通するまでは、この区間が鹿児島本線だった時代もあったのである。
(写真3=スイッチバックする真幸駅。眼下で手を振っている)