ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

SAVE IWATEのこと

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(写真1 災害公営住宅としては最後のオープンとなった南青山アパート)

10年間続けてきた復興支援活動

 SAVE IWATE(セイヴ・イワテ)とは、盛岡を拠点に東日本大震災からの復興支援活動を行っている法人団体。2011年の震災直後にボランティア団体として活動を開始し、現在では、盛岡市の委託事業であるもりおか復興支援センターなどの活動も行っている。
 とくに傾注しているのが、岩手県沿岸部からのがれてきた人たちへの支援。初期には1500世帯が移住してきていて、仮設住宅などに住んでいた。
 復興支援センターは、移住者たちの様々な支援と取り組んできたが、センターの事務所は移住者たちの交流の場ともなってきたし、サークル活動なども行ってきた。サークルには写真や囲碁将棋、カラオケ、折り紙づくりなどがあって、交流の一環となってきた。
 被災者たちは当初は仮設住宅に住んでいたが、その後定住化も進んだ。現在では約半数が定住しているという。その理由は様々だが、被災地に帰っても仕事がないこと、近所づきあいが失われてしまったこと、盛岡にいれば医療の充実に加え教育の機会も増えることなどがあげられている。
 2月には、南青山アパートが完成したが、このアパートは災害公営住宅としては最後のものという。現地を訪れてみると、しゃれたアパートが4棟あって、99世帯の入居がが可能という。ここには復興支援センターのコミュニティ番屋もあって、SAVE IWATEのスタッフが常駐している。
 それにしても、最後のものとは言え、災害公営住宅の建設まで10年もかかるとは遅くないか。これは、建設業者から資材のことなどまで含めすべてがオリンピック工事にわく東京に集中してしまって、盛岡まで届いてこなかったことが大きな要因だということだった。何が〝復興五輪〟かと憤りを見せる人もいた。
 SAVT IWATEの活動で印象深いのは「三陸復興カレンダー」の製作と発行。これは岩手県沿岸部の祭りなどを12枚綴りのカレンダーとしたもの。10年間途切れることなく続けてきていて、この発行の収益がSAVE IWATEの活動を支えてきたと言われる。

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(写真2 被災者の手作りによる物産品の展示販売の様子)

 また、被災者たちが手作りした物産品の頒布も大きな活動になってきた。現在は、盛岡市役所別館のもりおか復興支援センターで展示頒布している。

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(写真2 10年前の立ち上げからSAVE IWATEの活動に携わってきた寺井良夫さん<右>と村井真さん)

 SAVE IWATEの立ち上げから10年間活動に携わってきたお二人にお話を伺った。
 理事長の寺井良夫さんは、「やれることは全部やってきた。これからもずっと続けていく。5年10年先を見据えてでも」と大変心強い決意を披露してくださった。
 また、10年間ボランティアとして活動してきた村井真さんは趣味の写真やカラオケなどサークル活動に取り組んできたといい、しかし、「10年経って定住者の高齢化が進み、孤立する人たちも出てきている」と新たな課題を見つけている。ただ、村井さん自身は古希も過ぎたことだし、ボランティアは終了とするということだった。
 被災直後には毎年数万個も届いていた支援物資の段ボールも、このごろではさすがに随分と減ったが、それでも毎年同じ人から支援物資が届くし、「支援の輪は途切れずに続いている」とうれしそうだった。