(写真1 映画館に掲示されてあったポスターから引用)
サスペンスな裁判劇
主婦スザンヌ・ヴィキエが忽然と失踪した。夫と三人の子どもは残したままだった。遺体は発見されなかったし、決め手となる証拠も発見されなかったのだが、周囲の証言だけを元に夫ジャックに殺人容疑がかけられ拘留された。
後に〝ヴィキエ事件〟としてフランス全土にセンセーショナルに報道された事件はこうして始まった。
ジャックはその後釈放され、スザンヌ失踪は未解決事件となっていたが、7年後、ジャックは殺人容疑で告訴される。第一審では新たな証拠もなかったし、動機にも明確なものはなかったところから無罪となった。ところが、検察は控訴に踏み切り第二審が始まった。事件発生から10年が経っていた。
映画は、実際に起こった事件の顛末を丁寧に追い、真相を追究していく。
重要な役割を演じているのはノラという女性。レストランで働くシングルマザーで、息子の家庭教師をしているのがジャックの娘。
ノラは、ジャックの無罪を確信していて、仕事が危うくなるほどにあちこち駆けずり回ってヴィキエ事件を追求していく。
ノラが頼みとするところは、弁護士のモレッティ。敏腕弁護士で、初め一顧だにしていなかったが、ノラの執拗な頼みで弁護に動く。
ここで、重要な手がかりとなるかもしれないと思われたのが250時間もの事件関係者の通話記録。数十枚にも及ぶCDがあり、モレッティはノラにCDの文字おこしを依頼する。
ノラはそれこそ寝食を忘れてCDに取り組む。CDを聴いていくうちにノラは様々な矛盾に気がついていく。
ノラが発見した新事実を、モレッティが法廷で明るみに出していく。膨大な証人が登場するのだが、それが突き詰めていくと途端にあやふやになり、証言がひっくり返ることもしばしば。当初、刺殺とされていた殺害方法を絞殺だと主張する証人まで現れたのである。
仮説のオンパレードばかりで、物的証拠もないまま証言だけで組み立てた犯罪の危うさ。自供すらなかった。
マスコミが過熱するあまり、完全犯罪とか、情痴殺人とか受けを狙った報道に世間は流されていく。
フランスの法律がどうなっているのかわからないが、〝推定無罪〟の原則すらここではあやふやに見えた。
フランス語がわからなくてわかりにくい映画だった。延々と続く録音テープ。大部分を占める法廷の場面。フランス語がわからなくては微妙な瑕疵にも気がつかないまま。英語も苦手だが、英語ならまだしも少しは理解できたかもしれない。
圧巻は、モレッティが法廷で延々と演説する最終弁論。中身はわからなくても、判決は無罪になるだろうと思わせるほどの迫力だったし、これとて私には、パヴァロッティのテノールのように聞こえてしまったのだった。髭面で何やら風貌も似ていたし。