ABABA’s ノート

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アンソニー・ホロヴィッツ『その裁きは死』

 

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本格ミステリーの傑作

 『メインテーマは殺人』に続いて探偵ホーソーンシリーズの第2弾である。本作も事件は難解で、第一級の傑作ミステリーである。
 主人公は元刑事のダニエル・ホーソーン。ロンドン警視庁の顧問として難事件の捜査に当たっている。ホーソーンの助手であり記録係はアンソニー・ホロヴィッツ。本作の著者自身である。
 事件名は、事件が発生した場所から名づけて〝ハムステッドの殺人〟。著名な離婚弁護士リチャード・プライスが自宅で殺害された。未開栓のワインボトルで頭を殴打された上、砕けてギザギザになったボトルを喉に突き立てられていた。
 すぐに容疑者にあがったのはアキラ・アンノという女性作家。プライスに1千万ポンドにも上る巨額財産をめぐる夫とのの離婚訴訟を依頼していたのだが、元妻のアンノにとって極めて不満な結果となっていた。それで、アンノは、レストランでプライスの顔にワインをぶちまけ、ワインのボトルでぶん殴ってやると脅かしていた。そのことは大勢の人間がその言葉を聞いている。アンノに明確なアリバイはなかった。ただ、犯行現場には壁に緑色のペンキで182という数字が書かれていた。ちょうどリフォームに用いられている塗料だった。
 捜査に当たっているのは、ロンドン警視庁のカーラ・グランショー警部とダレン・ミルズ巡査。グランショーはいかにも横柄な態度の意地悪な大女。
 プライス邸には、当夜訪ねた者がいることは近所の住人の証言で明らかになっていた。犯人を迎え入れているところから、知っている相手だったと思われる。飲み物も勧めていて、テーブルには2本のコーラの缶が載っていた。プライスは酒は飲まない。
 なお、凶器となったワインは2千ポンドもする高級なもの。アンノの夫エイドリアン・ロックウッドからのものだった。離婚調停のお礼だったのであろう。
 調べていくうちに、次々と新たな事実が浮かび上がってくる。そして、それらがすべて読者の前に開陳されている。あまりにも材料が多くて読者はかえって推理が難しくなってくる。よほど頭脳明敏でないと、どれが重要な手がかりで、どれが脇道にそれていく材料か記憶にもできない。二度三度と読み返せば、伏線が張られていたと気づくだろうが、何気なく捨てられていたヒントに留意することは難しい。
 私はミステリーが好きで、たくさんの小説を読んできた。本格もの、探偵もの、警察もの等々と。
 それで、随分と勘は良くなってきたつもり。筋が読めることもあるし、犯人がわかることもある。
 しかし、勘が良くても推理ができるとは限らない。私は情緒に流されやすいのであろう。これでは探偵になれないなと思っている。刑事にはもっと向かないであろうし。
 とくにホロヴィッツのミステリーは複雑で、名探偵ホーソーンならずとも一直線には推理は進まない。
 ただ、私は勘はいいようで、本書でも早いうちにおやっと思うことがあった。このことが頭の片隅に引っかかったまま読み進んだ。しかし、それはいかにも突拍子もないもので、動機も犯行の道筋もわからなかったから、最後になるまで手がかりとは確信できないでいたのだった。
 本書では、最後の、本当に最後の場面で犯行が明かされた。わかってみれば、何のことはない、それとは気がつかないくらい小さな伏線が張られていたのである。このことは、私の推理勘がいいのかどうか、本書の表現にそれと臭わせるところがあったものかどうか、ミステリーファン、とりわけホロヴィッツ好きにとっては悩むところではある。
 本書でもたびたび登場する『刑事フォイル』がいかにもイギリス伝統のドラマで好ましいものだったから脚本を書いたホロヴィッツの名は古くから知っていたし、傑作『カササギ殺人事件』があって、ホーソーンシリーズも2作目に入って、いよいよホロヴィッツに挑戦しようという気概がわいてきているのである。訳山田蘭。
(創元推理文庫)