ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

寺井力三郎展

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(写真1 寺井力三郎<廻送列車>=会場で販売されていた絵はがきから引用)

暮らしに息づく絵画

 埼玉県加須市のサトヱ記念21世紀美術館で開催されている。
 寺井は埼玉県羽生市在住。1930年生まれで、卒寿記念とある。代表作がそろっており画業の全体像を概観できる内容となっていた。
 静謐な作品が多い。これには、色をやわらかく塗り重ねる、ある種、点描のような画風によるところも大きいと思われる。
 題材は、何気ない風景など身の回りのものが多く、ややもすると平凡となるところ、大胆な構図に特徴がある。散歩の途中で見つけた風景が多く、鉄道や飛行機も好きだったようで、たびたび題材にしている。
 面白かったのは<廻送列車>(1994)。真っ赤に燃える夕陽を背景に電気機関車と車掌車が連携されて走っている。赤い空に映し出された黒い列車のシルエットが叙情をかき立てる。沈む直前の太陽と赤く染まった空がじつに美しくも見事だ。このごろでは車掌車はめったに見ることがないから珍しい風景だ。作者の居住地から類推すると車掌車は東武鉄道のものかもしれない。JRには見られないタイプでデッキが前後に張り出しているのが特徴だ。
 また、興味深かったのは<帰れぬ船>(2013)。津波で打ち上げられた大きな船が描かれている。私はこの情景はよく知っているが、大船渡線の鹿折唐桑駅前だったから、海岸から数百メートルも離れたところに横たわっており信じられないような風景だ。画家も同じような印象だったのか素早くスケッチしたものらしい。
 寺井は利根川の河畔をよく散歩したようで、これをモチーフに何枚もの絵を描いている。<冬場の利根川>(2012)もその一枚で、いかにも寺井らしい構図であり、抜けるような青空が美しくやわらかな画面が印象深い。利根川を渡る鉄橋は東武伊勢崎線であろう。モデルは寺井の作品にたびたび登場している妻であろうか。寒い冬の朝であろうが、帽子を脱がせ手に持たせている。
 それにしても、赤い夕焼け空といい、朝日のあたる青い空といい、これほど美しい空を描いた作品というのも珍しいのではないか。

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(写真2 寺井力三郎<冬場の利根川>=会場で配布されていた開催案内のチラシから引用)