ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

映画『スパイの妻』

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(写真1 映画館で配布されていたチラシから引用)

秀逸な映画美

 戦争への足音が近づいてきた1940年の神戸。貿易商の福原優作(高橋一生)と妻聡子(蒼井優)は、瀟洒な洋館に住み夫婦仲のよい生活を送っていた。
 満州出張から帰国した優作に聡子は何やら影を感じ始めていた。折から、聡子は、幼馴染みの憲兵隊長津森泰治(東出昌大)から、優作が満州から連れ帰ってきた女が水死体で見つかったが知っているかと問いただされた。聡子は何も知らなかったのだが、優作に対し疑念が生まれていた。
 心配になった聡子は、優作の会社の倉庫に忍び込んで金庫を開けると、そこには映画フィルムと不穏な資料がしまわれていた。詰問する総子に優作は、満州で偶然に知った国家機密だといい、正義のためにこの機密を公にする決意だと告げる。その国家機密は、関東軍が密かに行っていた生物兵器のためのペストの人体実験の詳細を記した資料と映画フィルムだった。
 その上で、優作は聡子に、私は恥ずべきことは何もしていない、私を信じるか信じないかと問われた聡子は、「信じます」とだけ答えたのだった。
 やがてスパイとして疑われた優作が、「私はコスモポリタンだ。どこの国を利するためのものではない」と決然とし、私はスパイかスパイではないのかと聡子に理解を求めると、聡子は「あなたがスパイなら、私はスパイの妻になる」と毅然とするのだった。
 優作と聡子は、この機密を持ってアメリカに渡り、アメリカの参戦を促すことによって戦争の終結を図ろうとする。
 ここからラストまでのシーンは、聡子自身が「お見事です」と語るように、それこそ実に見事なシーンの連続だった。
 全編がほぼモノクロームのような映像。灰色の社会が映し出されている。実に印象深い映画美だったと言えよう。しかし、映画は光と影で成り立っているもの。影については実に丁寧に表現されていたが、光については、聡子の笑顔で受け止めろというのか、それでは映画言語としては弱かったのではないかと思われた。
 これ以上ラストシーンを記すわけにもいかないが、冒頭に紹介された映画フィルムが、実は劇中劇として重要な意味を持っていたとだけは書いておこう。もっとも、私にはすぐにピンときたが。また、最後の場面で、優作が聡子を守るために取った奇抜な作戦はもう一度「お見事です」と叫びたくなる感動の結末となっていた。なお、聡子は精神異常者ということで精神病院に押し込められていたのだが、私は狂ってはいない、狂っているのは社会の方だと語っていたのはこの映画の主題の一つだったのであろう。
 とても面白い映画。見応えがある。聡子を演じた蒼井優の存在感が素晴らしかった。この映画が当初NHKの8Kテレビ映画として製作されたとは思われないほどの重厚さだった。もっとも、劇場公開も予定されてはいたのだろうが。ヴェネチア映画祭銀獅子賞(監督賞)受賞作品。監督は黒沢清。