ABABA’s ノート

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今野敏『清明 隠蔽捜査8」

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竜崎伸也 神奈川県警刑事部長に着任

 竜崎伸也を主人公とする警察小説のシリーズ長編8作目。
 竜崎は、そもそも東大法卒、警察庁のキャリア官僚だったのだが、警察庁長官官房総務課長だったときに、組織の不正を正そうとしたものの、警察庁の方針に逆らったとして階級は警視長のままながら警視庁大森警察署の署長に左遷された。
 所轄の署長は大規模署といえども警視正あたりが就くのが一般的だが、竜崎は臆することなく原理原則の信念を貫いた。初め、変人とみられていたが、私利私欲が全く見られないところから、次第に部下の信頼が高まり、末端の刑事までもが竜崎の判断を尊重するようになっていった。手柄は部下に与え、「責任は俺が取る」が信条。
 その竜崎が神奈川県警刑事部長に転任した。警察庁キャリア同期の伊丹俊太郎警視長が警視庁の刑事部長だから、本来の職制に戻ったということだろう。警察庁幹部にも竜崎の能力を再評価する動きが出てきたということでもある。ちなみに、竜崎と伊丹は幼なじみでもあり、伊丹は竜崎を堅物ながらも私情に流れず適切な判断をする人物として買っていた。
 着任後すぐに殺人および死体遺棄事件が発生した。伊丹からの連絡で事件発生を知ったのだが、警視庁の刑事部長がわざわざ神奈川県警刑事部長に連絡したのは現場が沢谷戸自然公園だったからで、この公園は、東京都町田市にあるのだが、この一帯は神奈川県川崎市と横浜市に盲腸のように突き出しており、東京都と神奈川県の境界線が複雑に入り組んでいる地域。町田署に捜査本部が置かれたが、伊丹は神奈川県警との合同捜査本部にすることとし、竜崎に協力を要請してきたのだった。
 捜査は当然警視庁主導になり、伊丹が臨席していることもであり、竜崎は当初捜査会議に臨席するつもりはなかったが、刑事部ナンバーツーの阿久津重人参事官の強い要請もあって捜査会議に臨席することとした。
 警視庁と神奈川県警との確執は根強く、阿久津にしてみれば警視庁においしいところを全部持って行かれたら面白くないわけで、バランス上も竜崎の臨席は必須だとのこと。
 被害者は三十代後半から四十代の男性。身元不明で所持品もなし。別の場所で殺害されてこの公園に遺棄された可能性が高い。死因は頸椎の損傷。頸部を急速に捻られたと思われた。素人の犯行とは思われにくかった。
 まだ、初動捜査の段階で、身元の割り出しと目撃者の洗い出しが行われていたが、神奈川県警の阿久津参事官が気になることを言った。被害者は外国人かもしれない。つまり中国人ということだが、手口も訓練を受けたものの仕業と思われ、日本人らしくない。
 このことを捜査本部で話すと、警視庁の刑事たちは笑った。しかし、神奈川県警の連中は蓋然性が高いと考えていたし、それは東アジア最大の中華街を管内に抱えるからで、竜崎も警視庁の連中の態度に腹立たしさを感じていて、感情の変化に自身驚いていた。
 やがて事件は華僑の協力が必然となり、背景に中国と公安の動きが見えてきて俄然複雑になっていった。
 隠蔽捜査シリーズは、警察庁のキャリア官僚を主人公とする珍しい警察小説。警察小説もこの頃では様々なバリエーションが誕生しているが、この主人公は破格。原理原則を貫きながら部下を尊重し、私利私欲が全くないところから信頼を獲得している。
 シリーズは本作が長編の8作目。短編集も含めれば10冊目。2005年の第1作から好んで読んできたが、竜崎も何か甘くなったというか、どこか丸くなったようなところが出てきた。所轄の署長から県警の刑事部長となって角が取れてきたように思う。
(新潮社刊)