ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

明知鉄道明知線と明智駅

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特集 私の好きな鉄道車窓風景10選

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(写真1 明知鉄道明智駅=2016年3月20日)

大正ロマン村へ

 明知線の旅は急いではいけない。全線わずか25.1キロ、駅数にして11だが、この間に魅力ある町が点在しており、日本一の急勾配に設けられた駅などというものもあって、鉄道ファンならずとも各駅で途中下車してみたくなる。しかしまずはいったん終着駅の明智をめざそう。

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(写真2 明知鉄道恵那駅)

 起点は恵那駅。ホームはJR中央線恵那駅の1番線を一部切り取ったような0番線。駅舎もJR駅に隣接し小さく設けられており、国鉄から分離独立した第三セクター鉄道の例に漏れずここでも継子扱いである。なお、駅からやや離れるがここには、中山道大井宿の宿場町が保存されている。
 そもそも明知鉄道は旧国鉄の明知線を転換した第三セクター鉄道で、岐阜県の南東部を愛知県境に向けて走っており、わずか25キロあまりの区間に二つの峠を越えるという急勾配と急曲線の連続する路線。
 普通列車の多くは平日なら1両のディーゼルワンマン運転。休日なら観光客の姿が目立ち、最大4両までも増結されることも。地味に見えるが人気の路線でもあるのだ。

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(写真3 登坂区間が続く明知線)

 急峻な山岳路線では決してないのだが、結構アップダウンの激しい路線である。まず、恵那を出て一つ目の東野からが約5キロにわたる登坂区間で、この間に標高差160メートルも登っていく。ディーゼルをめいっぱいにふかしながら延々と登っていく。

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(写真4 日本一の最大急勾配駅飯沼駅)

 次の飯沼駅はホームが33‰の途中にある。日本一の最大急勾配駅で、ホーム自体が勾配の途中にあるというのははなはだ珍しい。飯沼を過ぎると当然少しして下りに入るが、これも27‰もありどんどん下っていく。
 沿線には小さな盆地があり、眼下には小さな集落がある。深い谷があるわけでもないし、目立つような高い山はないのだが、重畳たる山並みである。
 途中、岩村で三分の一ほどが下車した。岩村城下は、伝統的建造物群に指定されており、人気の観光地である。
 終点の一つ手前の野志の前後がやはり急勾配区間で、ここも勾配の途中にホームが設けられている。ホームの勾配ということでは、飯沼駅が日本の第一位、野志駅が第二位だということである。特別の許可をもらって設定されたらしい。

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(写真5 賑やかな明智駅ホーム。左にはさまざまな企画列車のヘッドマークが展示されていた)

 そうこうして終点明智到着。恵那から約50分のところである。明知鉄道は営業熱心な鉄道で、数多くの企画列車が運行されており、実に10も越すであろうか、ヘッドマークが駅舎のホーム側に展示されていた。

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(写真6 懐かしい街並みが連なる大正ロマン村の様子)

 ここは街の一角を「日本大正村」として整備されており、古い街並みが残っていて風情のあるもの。村長として初代高峰三枝子、二代目司葉子と続き、現在は三代目の竹下景子。レトロテーマパークであり、大正ロマン館や大正時代の雰囲気を保存や再現した店などが軒を連ねている。往事の郵便局や銀行では実際の窓口業務も行っている。

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(写真7 構内走行するSLと車掌車=2016年3月20日撮影。この日がこのイベントの初日だった)

 明知鉄道はなかなか営業熱心な鉄道会社で、様々な工夫を凝らしている。その一つがSLの体験乗車。しかも、このSLには車掌車が連結されているという懲りよう。
  車掌車は、ヨ8000形で、明知鉄道では2015年に車掌車を導入しており、動態保存されている車掌車は全国に幾つかあるが、駅構内に限られるとはいえ、走行を体験乗車のできる車掌車は珍しいのではないか。

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(写真8 さまざまな企画列車が投入されている明知鉄道)
 なお、路線名の明知と終着駅明智との違いの明確な説明は見当たらなかった。駅名の明智もかつては明知だったが、旧国鉄から明知鉄道となった際に町名にあわせ明智となったものらしい。

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(写真9 かつての明智駅ホーム=1994年7月20日)