心温まる旅のエッセイ
JR東日本の車内誌「トランヴェール」に連載されているエッセイ41編が収録されている。
新幹線に乗った折に手にすることが多く、巻頭エッセイだし、文章が平易で、分量も1編あたり5分程度で読めるようなところから座席に落ち着くと必ず初めに読み出してきた。フリーペーパーだから気に入ってそのまま持ち帰ることも少なくなかった。
単行本になってその魅力に改めて気づかされた。著者とは同年代だし、『深夜特急』以来好んで読んできたが、沢木の人柄と体温がこれほど感じられたこともなかった。
腑にストンと落ちる言葉も多かった。一つ二つそのまま拾ってみよう。
本は、その舞台になった土地で読むと、不思議なほど理解が深くなるということがある。
旅は家に帰ったところで終わる。
なにより、飛行機だと東京と金沢との距離感が体の中にすっと収まってこない。
旅人はいつでもこう思う。自分はこの地に来るのが遅すぎたのではないか。もう少し早く来ていれば、もっとすばらしい旅があったのではないだろうか、と。
面白い着想がある。
世田谷から奥多摩駅まで何度も通ったことから、片道三時間半往復七時間これはもうひとつの「旅」というくらいのものである、として
しかし、この長い旅を、いつしか私は愛するようになっていた。とりわけ青梅から奥多摩までの、仮に私が「奥多摩線」と名づけた沿線の風景が、心に滲みるようになってきたのだ。
青梅線を奥多摩線と言い換えるところは斬新な発想だし、しゃれている。
また、「終着駅度」というのも面白い。
津軽線は三厩で行き止まりになる。三厩は終着駅なのだ。私は日本でも外国でもさまざまな終着駅に降り立ったが、この三厩の「終着駅度」はなかなかなものだった。短い車両から降り立った客は私ひとりであり、線路はすぐ近くの倉庫に消えていってしまう……。
確かに、日本の全鉄道のすべての終着駅に降り立ったことのある私でも、三厩駅の終着駅度は高いと思う。終着駅度とはいい言葉を教えて貰った。
とにかく、このエッセイはオチがうまく、情感もたっぷりだし、「旅運」などという言葉も出てくるし、興味深くて読み出したら停まらないほどだった。
一年後か、数年後になるか、また読んでみたいと思わせられるエッセイ集だった。
(新潮社刊)