ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

横山秀夫『ノースライト』

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6年ぶりの長編ミステリー

 そもそもは建築家冥利に尽きるとはいえ奇妙な依頼だった。
 岡嶋建築事務所の一級建築士青瀬稔は、吉野陶太・香里江夫妻から住宅建築の依頼を受けた。青瀬が上尾に建てた二階家に一目惚れしたと言い、「すべてお任せします。青瀬さん、あなた自身が住みたい家を建ててください」というものだった。信濃追分に八十坪の土地があり、建築資金三千万円はすでに用意してあるという。
 青瀬は敷調(敷地調査)をしてみたところ、現地は浅間山を仰ぎ見る場所にあり、都会でなら禁じ手の北側の窓も好きなだけ開ける位置にあり、北向きの光(ノースライト)を採光の主役に抜擢し他の光は補助光に回すという大胆な発想に青瀬は興奮した。光量不足に頭を抱えたことのない建築士はいないはずで、青瀬は北面壁を最高軒高とする一部二階建ての住宅を設計した。
 住宅は青瀬の自信作となった。吉野夫妻も感動したほどの喜びようだった。住宅は、「平成住まい二〇〇選」という建築書に〝信濃追分の家Y邸〟という名で紹介され、一躍脚光を浴びた。
 あるとき、二〇〇選を読んでY邸を訪ねて見たという読者から「誰も住んでいないみたいだった」と連絡が入った。すでに引き渡しから四カ月が経っていた。そんなはずはない。青瀬は解せなかった。ただ、考えてもみれば、あの後吉野は何も言ってこなかった。実際に住んでみたの感想も、クレームの類いの電話も、入居したの葉書一枚寄越さなかったのだった。
 青瀬は、信濃追分の現地にY邸を見に行くことにした。設計事務所所長の岡嶋が同行した。岡嶋は大学の建築学科の同期、バブルが弾けてすさんでいたときに拾ってもらっていた。
 現地を訪れると、確かに人の住んでいる気配は全く感じられなかった。ドアの鍵は壊されていて、中に入ってみると、床に土足の靴跡があった。ただ、十畳の主寝室には古ぼけた椅子が一脚あった。岡嶋は、ひょっとしてタウトの椅子ではないかと指摘した。ブルーノ・タウトはドイツの建築家・工芸家でナチスの迫害から逃れて日本に滞在していたことがあった。桂離宮の美しさを再発見した人物として知られる。
 吉野夫妻はなぜ引っ越してこなかったのか。どんな事情があったのか。調べてみると、水道などの公共料金や電話代などは振り込まれているし、電話も通じている。なぜ、タウトの椅子だけがあったのか。
 調べを進めると、吉野夫妻はすでに元の住所から引っ越していて、引っ越し先などおよそ見当もつかなかった。失踪してしまっていたのだった。
 物語は、吉野夫妻の謎の失踪を軸に、手がかりとなるかタウトの椅子のこと、別れた妻と娘のこと、ダムの子として育った青瀬の生い立ち、岡嶋の死などが絡んで進んでいく。
 それは、淡々とした展開で、吉野夫妻の影すらつかめない。まるで、何が、どこまでが謎なのかわからないようなミステリーである。
 哀切極まりない。陰々とさえしている。物語の展開が読みにくい。それとわかるような伏線もない。しかし、ページをくくる手を休ませないような面白さがあり、最後まで読み通させる力強さがある。
 特に、ブルーノ・タウトとのことと、建築設計のデティールについては物語全般にリアリティを与えていた。
 最後に、あっと驚く謎が明かされるのだが、しかし、なぜ、吉野夫妻が青瀬に建築を依頼したかについては、その動機も含めてちょっと無理があるように思われた。瑕疵とまでは言わないであろうが。
(新潮社刊)