(写真1 表紙の絵はセザンヌの「マダム・セザンヌ」)
市民が守った美術館
デトロイト市の財政破綻から危機にさらされたデトロイト美術館(DIA)が愛情深く描かれている。
デトロイト市はミシガン州にある全米第9位の大都会。もとよりGEやフォードなどビッグ3があり自動車産業の街として知られる。
主人公はポール・セザンヌの「マダム・セザンヌ」である。デトロイト市民に愛されたDIAの至宝であり、物語はこの絵を取り巻く四つのエピソードで構成されている。
フレッドは自動車工場で溶接工をしている。妻のジェシカに袖を引かれるようにして行ったDIAで初めて目にした「マダム・セザンヌ」に惹かれて通い詰めた。不治の病に倒れたジェシカの最後の頼みはもう一度「マダム・セザンヌ」に合わせてくれというものだった。これが一つ目のエピソード。
このようにデトロイト市民に愛された「マダム・セザンヌ」がどのような経緯でDIAのコレクションに入ったのかが披露されているのが二つ目のエピソード。
そして三つ目は、デトロイト市の財政破綻によって、資産価値の高いDIAのコレクション売却が俎上に載ってきたこと。続いて四つ目は、いかにしてデトロイト市民がDIAのコレクションを守ったかというピソード。
様々な財団がこぞって寄付を申し出たのだが、フレッドがなけなしの500ドルを寄付したように市民が立ち上がってこぞって寄付を行いコレクションを守り抜いたというエピソードが盛り込まれている。
アメリカの美術館を訪ねると、大方は寄付によるコレクションだということに気がつかされるが、市民も一緒になって守り抜いたというところが素晴らしい。
原田は、『ジヴェルニーの食卓』や『暗幕のゲルニカ』など絵画にまつわる作品で知られるが、題材を深く掘り下げていくつもの豊かなエピソードで膨らます手法は秀逸で、しかも、美術に関するうんちくも豊富で読んで興味深くも楽しい。
アメリカでは訪れた都市の美術館を見学するのが楽しみで、随分とあちこちを見てきているが、実はこのDIAには行ったことがない。デトロイトには友人もいるし、何度か行ったことがあるのだが、これまで機会がなかった。印象派を含めて膨大なコレクションがあるらしいから是非にも訪ねてみたいものだ。
(新潮文庫)
(写真2 デトロイト美術館外観 。露出を間違えたようで不鮮明だが= 2012年8月29日)