ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

魅力的な車窓の肥薩線

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特集 私の好きな鉄道車窓風景10選

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(写真1 矢岳越えの絶景車窓。眼下にえびの高原と霧島連山が展望できる=1992年8月23日)

〝川線〟と〝山線〟異なる二つの表情

 肥薩線は、熊本県の八代駅と鹿児島県の隼人駅を結ぶ路線。途中でわずかの区間だが宮崎県も抜けており3県にまたがり全線124.2キロ。現在のように海沿いの路線が開業するまでは鹿児島本線だった時代もある。八代から人吉までの区間は球磨川沿いに走り〝川線〟と呼ばれ、人吉からの国越えは〝山線〟と呼ばれ、二つの異なる表情を持った路線として親しまれている。特に、人吉-吉松間の通称〝矢岳越え〟は日本三大絶景車窓として人気が高い。しかし、侮れないことには、矢岳越えの区間は日に3本しか列車はなく、大変な難所である。
 肥薩線に、八代方から乗るか、隼人方から乗るかは多少悩むところである。もちろん同じところを通ることではあるのだが、日本三大急流の流れを実感したいのであれば、球磨川を遡る八代方ら乗るのがいいし、この場合、座席は進行方向左側にとるのがいい。また、矢岳越えを楽しむのであれば、25‰の急登坂が続く隼人方から乗っていくのが良い。しかし、車窓のいいところは右に左にと移動するから決めかねる。わずか1時間のこと、デッキに立ち続けるのがベストかも知れない。

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(写真2 日豊本線と肥薩線が接続する隼人駅=2013年3月17日)

 さて、ここでは隼人方から乗っていこう。日に3本の列車本数のこと、選択肢も少ないのだが、混雑を避けて最も早い時間の列車にした。隼人7時06分発。しかし、この列車に乗るためには、鹿児島中央を5時59分発に乗らなければならない。このたびの宮崎、鹿児島と巡る南九州旅行で熊本へ移動するために2月26日に乗ったのだった。この時期、九州は時差が大きくて6時台ではまだ真っ暗である。
 隼人駅2番線から肥薩線経由都城行き。2両編成。現地に住んでいないとなかなかわかりにくい設定で、途中、吉松から都城と結ぶ吉都線を経由する。頭の中で路線図を思い描いてもピンとこないほどだが、吉都線に走らせるについて隼人-吉松間をくっつけたということだろうか。
 ところが、隼人ではなんと満席ではないか。大半が高校生だが、どこまで通うのだろうか。隼人-吉松間は鹿児島県で、吉松-都城間は宮崎県であり、公立高校の場合、県を越えて通うことは少ないであろうし、隼人から乗った生徒たちは吉松までの区間ということになろう。

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(写真3 嘉例川駅。国の登録有形にも指定された名駅舎=2009年11月29日)

 隼人を出ると日当山から表木山にかけていきなり25‰の急勾配である。そして次が嘉例川。1903年(明治36年)開業の駅舎がそのまま残っていて、往事のたたずまいが素晴らしい。国登録有形文化財に指定されている。観光客にも人気で、自動車で寄っていく人々も少なくない。また、この駅は駅弁も評判が良くて、すぐに売り切れとなるようだ。とにかく地元の食材を使って彩りも良く傑作だった。

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(写真4 嘉例川駅で販売されている駅弁=2009年11月29日)

 なお、知っている人は少ないようだが、実はこの駅の近くからは鹿児島空港行きの路線バスも出ている。もっとも、この駅で乗降する人は本当に希なほどだし、駅前にバスの停留所の標識もないから鹿児島空港行きバスの最寄り駅にはならない。私は、かつて、地図を見ていてひょっとすると空港行きのバスが近所を通るのではないかと判断し、ここから空港までバスで向かったことがあるのだった。
 嘉例川を出た列車は、次の霧島温泉に到着するや高校生がごっそり下車した。それは、実際にはごっそりなどというものではなく、まさしく全員降りたのだった。社内がガラガラになって唖然とした。
 続いて大隅横川駅。嘉例川駅同様に1903年の開設で、国の登録有形文化財に指定されており名駅舎。

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写真5 鉄道の要衝吉松駅=2016年7月24日)

 そうこうして吉松到着。8時10分。鉄道の要衝である。肥薩線のほか、ここが起点の吉都線が接続する。かつては随分と栄えたらしいが、現在はそれを偲ぶよすがはない。駅前には、「明治三十六年九月五日吉松駅開業百周年記念碑」と「大正二年十月八日吉都線全線開業百周年記念碑」の二つの立派な石碑が建っている。また、蒸気機関車C5552号が近代化産業遺産として保存されている。

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(写真6 吉松駅前にある鉄道開業の記念碑=2016年7月24日)

 駅前は閑散としているのだが、目立つのは駅の真正面にある「吉松駅前温泉」ののれん。立ち寄り湯で、営業時間は朝8時からとあって、温泉好きであり一度は入ってみたいと念願しているもののここで6度も乗り換えているものの、これまでのところ実現していない。

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(写真7 跨線橋上から見た吉松駅構内=2016年7月24日)

 さて、吉松8時46分の発車。2面4線のホームがあって、1番線に着いて、3番線からの発車だった。人吉行き。単行である。

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(写真8 スイッチバックの真幸駅=2020年2月26日)

 いよいよ山線のハイライト矢岳越えである。吉松を出ると次が真幸(まさき)で、スイッチバック駅であり、高みの列車に向かって売店の人たちが手を振っている姿をよく目にする。

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(写真9 真幸駅。売店の人たちが手を振ってくれている=2016年7月24日)

 続いて、矢岳山の山中を長い矢岳第一トンネルで抜けると、肥薩線最高所矢岳駅。標高537メートル。この真幸-矢岳間が日本三大車窓の絶景である。眼下にえびの高原と霧島連山が見えている。また、駅に入る直前右側にSL展示館が見えてくる。

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(写真10 スイッチバック駅であり大畑駅が眼下に見える=1996年5月25日)

 矢岳を出ると列車は下りになり、トンネルをいくつも抜けて大畑(おこば)。乗っていてはなかなか気づきにくいが、大畑に到着する直前がループで、大畑駅ではスイッチバックとなる。ループ線とスイッチバックが連続する珍しい区間で、鉄道ファンにはため息が出るような楽しさだ。また、吉松方から乗ってくると気がつきにくいが、矢岳-大畑間は何と30.3‰の急登坂である。大畑駅の駅舎はちょっと面白くて、改札口や待合室など至るところに名札カードが張ってある。このやり方は釧網本線の北浜駅に似ている。

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(写真11 大畑駅にはおびただしいほどの名札カードが貼り付けられている=2016年7月24日)

 大畑を出ると後は一目散に人吉。9時44分着。白い壁の美しい駅舎で、駅前に天守閣を模したモニュメントがある。人吉相良藩の城下町なのである。駅から直角に延びている道を数分進むと球磨川に出る。かつてここでうまい鰻を食べたことがあるが、名物だったのかどうか。

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(写真12 白壁が美しい人吉駅。くま川鉄道との共同使用駅である=2020年2月26日)

 また、ここはくま川鉄道湯前線の起点で、JR駅に並んで左側に小さな駅舎がある。人吉温泉というほどの温泉地でもある。
 人吉を出ると列車は球磨川沿いに走る。多少は移動するが大半は右窓である。日本三急流の一つと呼ばれ、名だたる清流である。川下りが人気であり、鮎釣りも有名だ。私は乗って楽しむ鉄道ファンだから、川遊びにも鮎釣りにも関心は向かない。

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(写真13 右窓に清流球磨川が続く=2020年2月26日)

 人吉からは列車本数がぐんと増える。10時14分発車。初め穏やかだと思っていたら途中から急流となった。かつて巨岩がひしめいていたそうだが、現在は岸辺の整備が進み、全般には穏やかな大河と思われた。清流の名にふさわしく、透明なブルーがとても美しかった。

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(写真14 八代駅肥薩線ホーム。ホームには肥薩線起点駅の看板=2020年2月26日)

 終点八代11時32分着。ここからは鹿児島本線で熊本に向かった。
 なお、この日は普通列車ばかり乗り継いだが、肥薩線には特急列車も設定されていて、観光列車として人気がある。JR九州特有のしゃれたデザインだし、弁当など食べながらのんびりした旅も楽しめる。観光列車だから、列車の乗り継ぎもスムーズになるよう設定されているし、大畑や矢岳、真幸などでは長い停車時間を設けていて途中下車しなくともすむよう配慮されているのもうれしい。
 山あり川ありと絶景車窓が続くし、ループありスイッチバックありと鉄道ファンをうならせるし、汽車旅満載の路線である。

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(写真15 肥薩線に投入されているはやとの風1号=2009年11月29日)

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(写真16 はやとの風の車内。のんびり弁当を食べながらの旅もいい=2009年11月29日)

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(写真17 肥薩線の観光列車は主な駅でたっぷりの停車時間を設けてくれている。列車はいさぶろう1号=2009年11月29日)

路線概要
起点/八代駅
終点/隼人駅
管轄/JR九州
路線距離/124.2キロ
駅数/28駅(起終点駅含む)
軌間/1,067(狭軌)
複線区間/なし(全線単線)
電化区間/なし(全線非電化)
開業/1903年1月15日