ABABA’s ノート

旅と鉄道、岬と灯台、読書ときどき映画あるいは美術に関するブログです。

積丹半島神威岬

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特集 私の好きな岬と灯台10選

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(写真1 春の陽光がまぶしい神威岬。無骨な灯台と眼下に不気味な神威岩=1994年5月28日)

神が宿り女人禁制の岬

 実に神秘的な岬である。カムイとは、アイヌ語で神を意味するらしいが、アイヌの人たちは何ともイメージに合った言葉をあてたもののようだ。明治になるまでかつては女人禁制の岬と言われた。明治になって灯台が建てられたが、当初、灯台守は波打ち際を歩かざるをえなく、波にさらわれたこともあったという。風光明媚とは言いにくいかもしれないが、特徴的な風景であり、大変魅力的ではある。私はこの岬に魅せられて、これまでに6度も挑戦し、このうち4度はついに先端を踏破できなかった。あまりに自然が厳しかったのである。
 神威岬(かむいみさき)は、積丹半島(しゃこたんはんとう)の北西に位置する。日本海に面して神威岬灯台が立っている。半島の北端は神威岬から10キロ小樽寄りの積丹岬だが、ここに灯台はない。灯台はやや東側の積丹出岬にある。
 この周辺の海域は岩礁も多く船舶の航行にとって大変な難所だったようで、小樽をめざし日本海を北上してきた船舶にとって、神威岬灯台はやっと見えた安寧の灯りではなかったか。この先、半島を右に回り込めば、石狩湾に入るから、波も多少はやわらいだだろうから。
 神威岬には、小樽駅前から北海道中央バスの路線バスが出ている(冬季運休)。2019年8月8日、北海道一周最長片道切符の旅の途次訪ねた。出発を前に駅の観光案内所で〝女人禁制の門〟は開いているかどうかを尋ねた。つまり、岬の先端に至る遊歩道の入り口にくだんの門があって、雨や風の強い日などは門を閉ざしている。私はかつてこの門に遮られて何度涙をのんだことか。
 確認すると、雨は降っているが、門は開けてあるという。それで、5番乗り場から9時00分発神威岬行きのバスに乗り込んだ。バスはなんと驚いたことに中高年の観光客でほぼ満席である。
 バスは、小樽を出ると、余市を過ぎたあたりから石狩湾を右に見ながらひたすら北上していく。1時間20分ほど走り積丹半島の中心美国で10分ほどの休憩があった。入舸で日本海に出て左折。余別を経て神威岬へと至る。大きな駐車場があり、レストハウスもある。ここまで小樽から2時間20分ほど。

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(写真2 女人禁制の門。風や雨や雪の強い日は閉まっている。この門に阻まれて何度涙をのんだことか。この日も横殴りの雪だった=2012年2月9日)

 駐車場からよく整備された緩い登り坂の遊歩道が伸びている。10分ほどで女人禁制の門。往古、女人を見ると海は荒れたらしく、それで女人禁制となったようだ。がっしりと組まれた門には女人禁制の地と書かれた大きな扁額があった。明治になって女人禁制は解かれたが、そう言えば、数十年前に来た折には女性の姿は少なかったように記憶しているが、果たしてどうだったか。

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(写真3 女人禁制の門付近から見た神威岬。尾根伝いに遊歩道が延びている。まるで竜の背中を歩いているようだ=1994年5月28日)

 女人禁制の門まで来れば、岬先端の全容と灯台が見えている。岬は、竜が海に躍り出たようでもあり、くねっている。岬の先端はさしずめ竜の頭であろう。先端近く海上には神威岩が立っていて、いよいよ不気味さを強めている。
 女人禁制の門から岬の先端までには細い尾根伝いに遊歩道が伸びている。義経伝説から引かれたチャレンカの道と名付けられている。まるで竜の背を歩くようでもあり、道は人がすれ違うにも苦労するほどに狭く、がっしりした柵が取りつけてあるものの、なるほど、風の強い日や霧の深いときなどは危険と思われた。

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(写真4 神威岬。神威岬灯台と神威岩。何と詩的な風景か。=2015年9月3日)

 門から10数分で岬の先端に達する。80メートルほどの断崖になっていて、眼下には〝積丹ブルー〟と呼ばれている透き通るような青い海が広がっている。しかし、積丹ブルーと呼ぶロマンチックさを打ち消すように目の前に神威岩が不気味な姿を見せている。岬の高さから類推すると、40メートルほどもあるか、大きな岩がそそり立っている。まるで怪人がマントの下に腕を隠して屹立しているようでもある。この神威岩の存在によって神威岬の不気味さが強まっており、思わず身震いするほどだ。
 劈頭に立つと、まるで竜の頭に乗っかっているようでもあり、思わず両手を広げて海に身を投げたい誘惑に駆られる。岬先端の断崖に立つといつでも思うことだが、幸か不幸かこれまでは海に飛び込むことはなかった。そろそろいいかと考えると、実際にやってしまいかねないから夢想だにしないことにはしているが。

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(写真5 神威岬灯台。何にも飾らない無骨な姿がかえって風景に合致している=2019年8月8日)

 岬先端には神威岬灯台がある。白と黒に塗り分けられた無骨な灯台で、ずんぐりしていてスマートさにはほど遠い。しかし、北の大地の灯台だから頑丈さが信頼できてこの無骨さはこれでいいのではないか。また、ここは恋する灯台プロジェクトの認定灯台の一つだが、とてもロマンチックにはなれそうにもないがどうだろうか。義経伝説にもなったように、恋が成就せず海に飛び込みたくなったということなら最適だろうが。
 ところで、神威岬にはこれまでに6度挑戦した。しかし、この岬は到達するのがなかなか容易ではないところだが、その6度について当時のノートをひもといてみた。
 初めて計画した1992年2月7日には、前夜宿泊した小樽であろうことか雪道に足をられ滑って骨折してしまったのだった。おいしい寿司を食べようと急いたのが良くなかった。道はアイスバーンになっていて、うっすらと雪がかかっていて気がつかなかったのだった。
 次は1994年5月28日だった。骨折してから2年ぶりのこと。このときに初めて神威岬に立つことができたのだが、この日は快晴で、レンタカーで小樽を朝9時に出発した。初め積丹岬に寄ったが、「岬からは神威岬の形の良い姿が遠望でき、余別岳には残雪が美しい。灯台は少し離れたところに積丹出岬灯台というあまり大きくはない赤白まだら模様の灯台があった」とある。
 神威岬では、「岬の突端に立つと、竜の頭に乗って海に躍り出たような感じだ。風はますます強く、龍神が怒っているかのようだ。写真を撮ろうにも体が揺れてままならないほどだ」とあり、「岬には黒白模様の灯台が立っており、その無骨なたたずまいが岬の雰囲気に合っている」と続いている。
 また、2011年の9月3日の折りには、小樽へ向かう函館本線があろうことか大雨の影響で不通になってしまい、小樽に着いたときにはすでに夕刻が近づいておりとても岬へ向かうことはためらわれ、このときも断念した。
 次に訪れたのは2012年2月9日。初めて挑戦した折の骨折の悪夢が頭をよぎらなかったわけではないが、厳冬期の神威岬にどうしても立ってみたかった。鉄道旅もそうだが、春夏秋冬様々な季節に訪れないとその良さが本当にはわからない。
 天気予報では発達した低気圧が襲来しており強風と大雨になるとあったがかまわず決行して朝8時30分小樽をレンタカーで出発した。
 岬への取り付け道路の入り口にはゲートがあったが、幸い管理人が開けてくれて、駐車場まで進んだ。

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(写真6 真冬の神威岬=2012年2月9日)

 それで、さて歩き出そうとしたところ、管理人が雪が深くて無理だと言う。ここまで来て引き返すのは悔しいとブツブツ言っていたら、管理人が除雪をしてくれるという。「ただし、2時間か3時間はかかるよ」と。
 「待つほどに1時間半ほどで除雪は終わった。管理人が急いでくれたものらしい」。「歩き出すと、初めに除雪した手前の方は早くも雪が積もりだしている。除雪した雪の深さは肩くらいまでになっている」。
 女人禁制の門までやっとの思いでたどり着いたのだが、門は堅い扉とかんぬきで頑丈に閉鎖されている。それでくだんの管理人に開けてくれないかと頼んだら、「それはできないし、やめた方がいい」とたしなめられた。
 この先の突端が神威岬らしさがあっていいのだが、「猛烈に風が強い。細かい雪が横殴りにたたきつけるように降ってくる。体がよろける。ほとんど視界がきかない」とあって、さすがに諦めたのだった。

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(写真7 激浪が押し寄せる真冬の神威岬先端と神威岩=2012年2月9日)

 5度目も岬の先端にはたどり着けなかった。2015年9月3日。この時はバスで向かった。9時ちょうどに小樽駅前を出て11時20分に岬に着いた。途中、美国に10時20分について休憩があった。
 勢い込んで岬への遊歩道を進むと、なんたることか、女人規制の門が閉まっているではないか。強風のためだが、またもかと思うと恨めしくなってくる。
 結局、神威岬の突端に立てたのは、6回挑戦してわずかに2回だけ。女人禁制の門はなかなか難関である。もちろん、女人禁制の門の外側から見ても、神威岬は十分に魅力的な景観ではある。しかし、岬はやはり劈頭に立ってこそ達成感があるもの。たとえ、飛び込もうとはしていなくとも。

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(写真8 神威岬眼下に見える〝積丹ブルー〟まるでエメラルドを敷き詰めたような透き通るような碧い海である=2019年8月8日)

<神威岬灯台メモ>(「灯台表」等から引用)
 航路標識番号0590(国際番号M7004)
 名称/神威岬灯台
 所在地/北海道積丹郡積丹町(ニセコ積丹小樽海岸国定公園)
 位置/北緯43度20分0秒 東経140度20分9秒
 塗色・構造/白地に黒横帯1本塔形 鉄筋コンクリート造(現在は3代目、初代は鉄造)
 塔高/12メートル
 灯火標高/82メートル
 灯質/単閃白光毎15秒に1閃光
 光度/37万カンデラ
 光達距離/21海里
 明弧/8度~243度
 初点灯/1888年(明治21年)8月25日(北海道5番目)
 管理事務所/第一管区海上保安本部小樽海上保安部

 ところで、この神威岬灯台は、日本の灯台50選には入っていない。海上保安庁が募集し、一般投票によって選ばれたもののようだが、どのような選考基準があるものか。岬はいいが灯台そのものはどうもね、ということなのかどうか。私にははなはだ解しかねる。大変残念だ。